第3話 これって……
「……そうだ、アニメショップ行こう」
ざわつく心をぶら下げて、店内のドアをくぐった。
店内はあらゆるアニメやマニアックなミュージシャンのグッツが並び、個性的な店内放送が耳に流れ込んだ。
いつもは真新しい商品や情報に胸を踊らせるが今はそんな気にはなれず、店内の同じところをぐるぐると回っている。
この漫画コーナーはもう四週目だ。
あああ、もうどうしたら……そうだ。CDコーナーに行こう。
今日はまだ行っていないし、声優さんのCDを試聴して落ち着きた
「んあっ、つむつむさんっ!?」
「げっ……!!」
落ち着いた髪色。左耳には緑に淡く……ってもういいわっ
なんでここにいるんだ。
え、どういうことでしょうか。
ここまで彼と遭遇することってある?
「え、ほんと、もしかしてつむつむさんも、このアニメ好きなのっ!?」
「あっ、いや……アニメは観たけど主題歌を歌ってる声優さんが好きで……」
なんで普通に答えているんだ僕!!
そして彼はなんでここにいるんだ!!
さっきまで本屋に居たよなあ?!
逃げ出すように出てきたので気まずくなる空気に、ヒュッと息が詰まる。
「つむつ「あ、ぁの用事を思い出したので失礼しますっ」
店内を走るのは気が引けたので、早歩きでそそくさと店から逃げる。
少々強引な気もしたけど、うまく切り抜けられて思わず「ふう」とため息がこぼれた。
これからどうしようか、行き先がないのならいっそ家に帰ったほうがいいのでは……
──────ブーブッブー、ブーブッブー
コサッシュの中のスマホが震えているのがわかって、思わず立ち止まる。
帰路につきはじめた最中、今度は一体何が僕の行く手を阻むというのか。
今日はとことんついていない日だな……はあ
「……はい紬です。ってえ、横尾くん!?どしたん……うん。あぁこの前学校で言ってたオープンキャンパスの大学?うん……図書館?行く行く!うん、うんわかった。じゃまたっ」
横尾くんとは、僕が通っている高校で出来た唯一の友達だ。
どうやら、オープンキャンパスの見学が終わって見学先の大学の図書館にいるらしい。僕が本好きなこともあってか図書館に来てみないか、と横尾くんの粋な計らいで誘ってくれた。
ほんっと大好き。今日あった唯一の良いことだなあ。
高校に入ってから知り合ったのに、なんでこう僕のことをわかってくれているのだろう。もう横尾くんが僕の彼氏になってほしいなー
ってこんなことを考えている暇はないっ。いざ大学図書館へ!
〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜
「でさ、この前読んだ九重さんの新作が面白くてさー」
大学図書館はぬるっとした空気で、妙な静けさが落ち着く。
初めてきたところだけれどこの図書館、かなり広いし本の在庫も近所の書店よりはあるぞ。早く探検したくてうずうずする。
先程までイライラしていた心は、もうすっかりご機嫌になっていた。
「そういえば紬くん、頬どうしたん?あと、所々絆創膏貼ってるみたいだけど……」
「ああ、気にしないで!ちょっと転んじゃって……」
ちくり
傷が痛む。けれど、手当してもらったあのときの体温も思い出す。
「ねえねえ、僕さ、ちょっと……」
「探検したいんでしょ?僕と話しているときもずっとソワソワしてたもん」
なっ!!!バレていたのか……
僕の心はなんでもお見通しなんだな……
「……あれ、バレてた?」
「ふふっいいよ行ってきな。今日見学してきたことをレポートにまとなきゃいけないし、僕はここで座ってるね。なんかあったら来てね」
「分かった!!!ありがとう、頑張ってねっ」
よし、ではこれにて図書館の探検の開始だー!!
おらおら、どんな小さい本でも探してやるぞー
今の僕に何も恐れるものなんてないんだぞーうおー!
アマゾンの森を探索するかのように、大股になって縦横無尽に歩き回る。
さてどこから攻めよ
──────ドンッ
「っすみません………あ」
「こちらこそすみませ……あっ」
落ち着いた髪色。左の耳にはみd
「つむつむさんっ!!」
オーマイガー
「まさかつむつむさんもここに通っているんだ?!え……そんなことあっていいのか……」
「あ、あはは……はは」
もうこれ以上外の世界なんて居られるか。早く帰らないと死んでしまいそうだ。
「っ待って」
ガシッと効果音が鳴るほどの強さで腕を掴まれてしまった。
もう……死ねっていうのか。
「あ、ああの!僕もう帰りたいので腕、離してもらえませんか。それに、ここにはたまたま来ただけですっ。通っていないので誤解しないでください!!」
おっと……?結構腹から声を出して言ってしまった気がするのは僕だけかなあ?
やばい。
……やってしまったかもしれない。
ここ、仮にも図書館だぞ。めちゃくちゃ声張って拒否の意を表してしまった。
ご法度を犯した挙げ句、完全に目立っているよなあ……最悪だ。
「どうしたの紬くんっ?大きな声がしたけど、その人知り合い?」
心配してくれた横尾くんが僕の後ろから声をかけてきた。
もう、ホント嫌になってきた。
僕の前にはあのときの彼、後ろには横尾くん、なんかサンドイッチにされてる気分だよ。
だが助け舟を出してくれたのには正直助かった。
どうにかしてこの状況を一秒でも早く切り抜けよう。
「よこおく〜ん。この人は知り合いではないんです、助けてくださいいい」
「え、……あれ横尾くん?君、横尾くんだよね?久しぶり〜」
「ん?あっ日南先輩!?こちらの大学に進学されてたんですか!?」
「うん。まさか中学の時の後輩に会えるなんて、嬉しいよ〜」
あれ、これは僕の存在忘れているな。
虚しくも助けを求める声は届かなかったわけだ。
こうやっていじめは発展していくんだなあ
というか、二人って知り合いだったの!?こんな偶然あるのか?
「そういえば横尾くんと、絆創膏の彼は知り合いなの?」
「あはは……そうですね。先程はお世話になりました……」
「彼は紬くんです!僕の高校の数少ないお友達です。そして、この方は
横尾くんは仲介役になってくれて、未だ顔見知りだった彼と僕の紹介をスムーズにしてくれた。頼りになる友人で誇らしいよ……
日南遥斗、なんか少女漫画とかにいそうな爽やかな名前だな。
なんとなく話が終わった空気が醸し出されていて、ここはとどめの一言を言うべきだ、と脳内で命令が出されていた。
「じゃあ僕はまた、そこらへんを見ているので……」
「あ、僕もレポートまだ途中だった!先輩また会いましょうねっ」
僕に続いて横尾くんが別れの挨拶をした。
日南さんに大きくお辞儀をして、そそくさと元の席へ戻っていった。
周囲もざわざわとしていたものの、もう僕らを気にするような空気感はなくなっていた。僕はようやく一息つける安堵で「はあ」と大きめの息を吐いた。
「つむつむさん、ここに何の用事があったの?大学に通っているわけじゃないってさっきも言ってたし」
うわ、この人まだ話しかけてくるんだ。
仕方ない。なんだか避けていてもまたどこかで会う気しかしないし……
「……えっと横尾くんがオープンキャンパスでここに。僕が本が好きなんで良ければってこの図書館に誘ってくれたんです。一人だとこういうところには行きづらい性格なので、彼には感謝してます」
「へー。つむつむさん、本が好きなんだ」
「……はい、そうです」
「いいよね、本って。俺も将来は本とか文字に関われることしてみたいなって思うんだ」
頬を緩ませ、こちらに笑いかける彼が儚く揺れる。
そうだ、彼に敵意はないんだよな。なのに僕は避けてばかりで……
なんか失礼なことをしてしまったのかもしれない。
「素敵な夢ですね。本っていいですよね」
僕にしては素直な気持ちだった。だって、彼の想いが声に乗せて伝わってきたから。
横目に彼を盗み見れば、彼もこちらを伺っていたようで。
にこり
微笑んだ表情を僕に魅せる。
その笑みがとても特別なものに思えて、脈がドクドクと波打ちはじめる。
なんか、うるさいなあ心臓。
端正で静けさを纏う彼が、少し微笑むだけでこんなにも胸がざわめくのか。
「あれ、顔真っ赤だよ?大丈夫なの?体調悪いんじゃ……」
「あ、っいや!そんなこと……ないですから」
様子を伺おうとグッと体を近づけてくる。
や、やめてくれえええ!!
「ひぇ……」
ほ……頬に日南さんの冷たい手が添えられているぅぅ
これ、これやばい。すごくすごく胸が弾けてしまいそうだ。
距離感がバグっているのではないかと感じるほど、近い距離なので思わず顔をうつむかせる。本屋で彼と再会した時みたいな熱を感じて、体が汗ばんで気持ち悪い。
「念のため、俺の家で休んでいこ?」
これは……危険な香りがプンプンする。
知らない人について行ってはいけない、ましてや家に上がるなんてそんな危険なこt
「あ、アニメショップのとき、好きって言っていた声優さんのライブDVD&CD、俺の家にあるんだけど、良ければ一緒に観ない?」
「ぜひ、お邪魔させていただきます」
これは仕方がない。
〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜
「そっちにDVDプレーヤーあるから、先に流してていいよー」
僕をテレビの前に通して、日南さんは台所へ消えていった。
見た感じ、特別お金持ちだとか貧乏だとかそんなことはなくて、ちゃんと地に足がついている感じのマンションだ。
うっわ、すごい。
金属製のラックに漫画類がきれいに整頓されている。
下の段にはアニメのDVDやCDが居心地よさそうに並んでいる。
中身はオタクそのものなのに、それを感じさせない家具のチョイスが良すぎる……
僕のオタク部屋と大違いだ……
「ははっ、そんなに元気なら大丈夫そうだね」
マグカップを片手にいつの間にか隣に現れた。
はずっ。部屋をジロジロ見ていたのがバレてしまった。
そんな僕の羞恥心なんてお構いなしに彼は笑いかける。
そっと渡されたマグカップの温かいお茶がかじかむ手を暖める。
なんだか、お世話になってばかりだ……
「あの、なんかすみませんっいろいろと。手当して頂いたのに逃げ出すようなことをしてしまったり、ほんと。すみません」
「気にすることないよ、実際ぜんぶ俺がしたくてしてることだし。それに」
それに……?
それに、なんなんだ。
僕が失礼すぎてあまりに滑稽だ、とでも言いたいのだろうか。
うわ、嫌な性格。……嫌な性格なのは僕の方だ。
勝手に人のことを想像して妄信してしまうのは僕の悪い癖だな。
「あっ……いやなんでもない。そういえば、つむつむさんって本名紬くんなんでしょ?横尾くんと同い年みたいだし俺より年下だから『つむぎくん』って呼んでもいい?」
話を逸らされてしまった。
言いかけた言葉の続きが気になるが、彼が言わないと判断したものをわざわざ掘り起こすのは僕のポリシーに反する。
それよりもなんだっ
なぁにが『つむぎくん』だ!!ちゃっかり”年下だし、さん付けする必要なくね”って見下してるんじゃねえか。
つむぎくん……つむぎくん。
”紬くん”じゃなくて、”つむぎくん”かあ。
なんか良いかも。
「まあ、なんと呼んでくださってもいいですけど」
「やった〜じゃあよろしくね!つむぎくん」
パシッ
うおっ手を掴まれた。一気に距離が近くなったな……
そんなに喜ぶことか?相手を下の名前で呼べることって相当気を許せる仲じゃないと、僕はできないなあ。
「そういえば……日南さんは「”日南さん”じゃなくてもっと軽い感じで呼んでよ。俺らこれからも仲良くするんだし」
うっ!!それもそうだな……
これからも仲良くって言うほど会いたくはなけれど、本の話とかアニメの話をするくらいならいいのかもしれない。
”日南さん”がダメならなんて呼べば良いのだろうか?
遥斗さん?いやいや、それはハードルが高すぎやしないか?
うーん……
「じゃあ、日南くん……でお願いします」
「えー、まだ硬い感じだけどまあいっか!それで話の続きは?」
「あの、日南くん?なんか会った時から距離、近くないデスカ」
言った。
やっと言えたぞおおおおお!!!
だよな?僕間違ってないよな?
今だって、さっき掴まれた手はそのまま繋がったままだし。そろそろ手汗が吹き出しそうでハナシテホシイナぁー?
「……だって、折角会えた運命の人なんだもん……」
うんめい?
今ボソッと言ったけど、彼なんて言った?
運命がなんなんだ。
まさか、僕のこと?
ポッと湯が沸くかのように頬が燃えだすのを感じる。
「そうだ!!この前、面白い漫画見つけたんだよね。よかったら貸すからさ、あとで語りあいたいなあ」
僕が沸騰し始めているのに関わらず、呑気なことを彼は言い出す。
え、そんな、漫画も気になるけど、今はさっきの発言が胸に留まって仕方がない。
なんだったんだ
え?
「確かあっちの部屋にあったよな……ちょっと持ってくるね」
よいっしょ、と軽く立ち上がろうとする日南くんに思考が追いつかない。
え、えどういうことなんだああああ。
「あ、待ってください!糸くずがついて」
心は落ち着かないが、彼のズボンに白の糸くずがついているのが気になった。
僕の衣類の糸かもしれない。
そう思った途端、つい行動してしまったのだ。
「うわっ!!」
「っ!!」
───────ドンッ
よろけたんだ、僕が。
うわあああああ!!!痛いい!!いたいよおお!いた……くない?
日南くんをを押し倒すように転んだんだ。
彼が下敷きになってくれたおかげで僕は痛くないんだ。
「っす、すみません……」
「……つむ、ぎくんぅぅぅ」
呻くような声をあげる日南くん。
わわ、早くどかないと。
もう!!今日は上手くいかないなあ。
「っ……」
なぜだ?うまく体制を戻せないぞ。
手のひらを床につき、彼の上から退こうとするけど上手く力が入らない。
なんでだっ!!
くそう、普段から鍛えていなかったことがここで裏目にでるとはっ。
いますぐここを退きたいと思っていても、その熱意とは裏腹に僕の腕はぷるぷると悲鳴をあげている。
……やばい、そろそろ限界が
「っあ!!!」
「へっ」
むちゅっ
「んっ!!」
こ、これって……
「っは、……えっ」
僕と日南くんのく、唇が……。
彼の惚けた瞳が僕を貫く。
息が、うまく吸えない。
「ご、ごめんあさい!」
吸えない息を吐くようにして叫んだ。
もう、どうすればいい。
手元にあるコサッシュをさっと回収し、よろけながらも立ち上がる。
「っあ」
彼の手を少しかすめた。
熱い
もうなにが起こったのか自分でもよくわからない。
ドタバタと足音をたてながら、玄関のドアノブに手をかける。
カチャ
帰り道なんてわからない。とりあえず来た道を一人で辿っていくしかない。
早足で切り裂く風が体温より冷ややかで心地よい。
さっき、僕……き、キスしたのか?
だってそうだよな、あのく、唇に当たった感触……そうだよな。
だめだ、全く思考が回らない。
熱に侵されて体ごと蒸発してしまいそうだ。
……ドS会社員さんにされたときは、こんな気持ちにならなかったのに。
なんでこんなに胸が締め付けられるんだ。
なんでこんなに動揺しているんだ。
なんで……なんでこんなに嬉しいのだろう。
◇ ◇ ◇
カチャ
玄関のドアを閉めた音がした。
……帰っちゃったのかな。
伸ばしかけた右手で自身の唇をなぞる。
キスされた、んだよな……
事故だって分かっていても広角が上がってしまうのを抑えきれず口を覆う。
「つむぎくん……」
なんでつむぎくんのことを目で追っちゃうんだろう。
なんか気になっちゃうんだよなあ。
ちょっと手握っただけで、顔真っ赤。ははっ、思い出しただけで笑っちゃう。
そそっかしいくせに動作がいちいち丁寧なところも、つむぎくんの誠実な性格がよく現れていると俺は思う。
初めて本のこととか、将来なりたいものを言っても笑わなかったひと。
俺、普段ゆるい性格だし、真面目な事言うと笑われちゃうんだよなあ。
早く会いたいなあ。
キスをされた時のつむぎくんの顔が、まだ目の前にあるように思い出せる。
それだけで、どうも俺の心臓は異常に反応してしまう。
「くそっ……あれは反則だろ」
どうやら俺は見つけてしまったのかもしれない。
これってたぶん恋だ。
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