第10話

「……で、何でお前がいるんだよ」


 アジトに着くと、何故かアイラさんが立っていた。


「もちろん、貴方の護衛のためです」

「護衛?」

「ええ、貴方の強さはよく分かりましたが、それでも不安要素はたくさんあるので」

「なるほど」


 ……まあ、気持ちは分かるけど。でも、そこまでする必要があるか?

 ……と、その時。後ろから誰かの声が聞こえてきた。振り返ると、そこには見知った顔があった。


「やあ、君たちか」


 そこに居たのはベルドランさんだった。……どうやら、俺の後を追ってきたようだ。……さて、どうするか。俺は彼に話しかけた。


「どうしました?」

「少し話がしたくてな」

「そうですか。では、場所を変えましょう」

「分かった」


 そう言うと、俺達は近くの食堂に移動した。

 席につくなり、俺は切り出した。


「それで、俺に何の御用ですか?」

「……単刀直入に聞こう。アンタ、何者なんだ?」


 ……やっぱり聞かれるか。まあ、予想はしてたけど。……しかし、何て答えれば良いんだろうか?

 正直に『異世界人』だと言うべきか? でも、信じてもらえなさそうだしなぁ。……まあ、正直に答えるしかないか。俺は覚悟を決めると、真実を話し始めた。


「俺はこの世界とは違う世界の出身です」

「違う世界?」

「はい。俺はこの世界に召喚されて勇者になりました」

「なるほど、そういうことか」


 ……え? 信じるの? 普通、こういう時は疑わないか?


「どうしてすぐに信じられたんですか?」

「まあ、別に隠す必要も無いだろうからな。それに、アンタの力を見ていれば納得できる部分もあるからな」

「そうですか」


 ……ふぅ、とりあえず一安心かな。


「それで、これからどうするつもりなんだ?」

「そうですね……。しばらくはこの国で活動しようと考えています」

「そうか。もし何かあったらいつでも頼ってくれて構わないぜ」

「ありがとうございます」


 そう言い残して、ベルドランさんは去っていった。




 その後、俺は『黒猫団』のメンバーを集めて事情を説明した。最初は戸惑っている様子だったが、次第に受け入れてくれるようになった。ちなみに、名前の由来は『シャム猫』の方が綺麗で愛されているからだと説明した。皆、納得してくれたようで良かった。

 こうして、俺は新たな仲間と共に戦うことを誓った。

 それから数日後、俺たちは『シャム猫団』を率いて薬の売買に関わっていた『白虎団』と戦うことになった。黒猫団を騙って悪事を働いていたのは奴らだったのだ。

 相手は総勢五百名ほどの集団だ。対してこちらは百五十人ほどしかいない。戦力差は圧倒的だ。しかし、だからといって負ける訳にはいかない。俺は仲間たちに指示を出すと、自らも戦いに加わった。

 ……そして、数時間ほど経った頃。辺り一面は死体の山で埋め尽くされていた。敵の死体は殆どが剣で斬られたものばかりだ。一方、味方の被害はほとんど無かった。まあ、当たり前といえば当たり前なのだが。何故なら、こちらの攻撃は全て魔法によるものだからだ。ちなみに、俺は魔法を使っていない。使うまでもなかったのだ。

 ……さて、そろそろ終わりにしても良いかもな。俺は合図を送ることにした。すると、それを察したのか、他の人達が一斉に攻撃を開始した。

 ……数分後、戦闘は終結した。

 それからしばらくして、俺たちはアジトに戻ることにした。帰り道の途中、俺は一人の少年に声をかけた。


「……なあ、ちょっといいか?」

「え? 僕ですか?」

「ああ」

「はい、構いませんよ」

「君は何故『シャム猫団』に入ったんだ?」

「僕は家族を養うためにお金が必要だったんです」

「……そうか。偉いな」

「そんなことはありませんよ」

「いや、凄いと思うぞ」

「そうですか? えへへ」


 彼は照れくさそうに笑った。


「……ところで、家族のことが心配じゃないのか?」

「はい、大丈夫ですよ! だって、『シャム猫団』の人達はとても優しいですから!」

「……そうか」

「はい! だから、早く帰ってあげないと!」

「ああ、そうだな」


 ……本当に凄いな。俺にもこんな時があったんだろうか? いや、無いな。俺は苦笑いを浮かべながらその場を離れた。




 隠れ家に戻ると、俺は『黒猫団』の子供達を広場に連れていった。ちなみに容疑が晴れた事で団の名前は元に戻す事になった。俺はシャム猫のままでもいいと思ったんだがな。思ったより不評だったらしい。閑話休題。

 そして、彼らに魔法の使い方を教えることにした。といっても、俺の場合は特別なので教えることは出来ないのだが。とはいえ、何も知らないままだと危険かもしれないので、簡単な魔法を教えておいた。

 ……まあ、魔力さえあれば誰でも使えるようなものだけど。それでも無いよりマシだろうと思って教えた。ちなみに、俺が彼らに対して敬語を使っているのは、彼らが年下だからだ。

 ……本当は止めた方が良いのかもしれないが、どうしても無理だった。理由はよく分からないが、何故か自然にそうなってしまうのだ。……まあ、それはともかくとして、俺が教えているのは『生活火』という初級の炎属性の魔法だ。これは指先に小さな火の玉を生み出すことができるというものだ。これくらいのものであれば、子供でも簡単に使うことができる。


「さて、それじゃあ実際にやってみようか」

「はい、先生!」


 ……え? 今なんて言った? ……まさか、気のせいだよな? うん、きっとそうに違いない。


「せ、先生?」

「もしかして、俺は君の先生になったのかい?」

「はい、そうです」

「…………」


 俺は思わず頭を抱えたくなった。 ……いかんいかん、落ち着け俺。こういう場合は深呼吸をするんだ。スーハースーハー。……よし、落ち着いたぞ。……さて、どうしたものか。


「あの、どうしました?」

「いや、何でもない」

「そうですか」

「それより、まずは君の名前を聞いてもいいかな?」

「はい! 僕の名前はレイと言います!」

「そうか、良い名前だね」

「ありがとうございます!」


 ……どうしよう。この状況をどうすればいいんだろうか? ……うーむ、困ったな。……仕方がない。取り敢えず、俺が教えられることは全部教えることにしよう。……まあ、その前に一つだけ確認しておかないといけないことがあるけどね。


「……ところで、お父さんやお母さんとはちゃんと話してるのか?」

「いえ、まだ一度も話したことは無いです」

「そうか……」


 ……やはりそうか。


「やっぱりおかしいでしょうか?」

「いや、おかしくはないさ」

「本当ですか!?」

「ああ」

「ありがとうございます!」

「……ただ、一つだけ聞いておきたい事がある」

「何でしょうか?」

「……もしかすると、もう二度と会うことができないかもしれない。それでも良いのかい?」

「はい、構いません」

「そうか……」

「……ダメなんでしょうか?」

「いや、そういうわけじゃないさ」

「そうですか」

「……さて、そろそろ始めようか」

「はい!」


 そうして、俺は彼に魔法の使い方を教えた。……しかし、結局この日は最後まで彼の両親に会うことはなかった。

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