エピローグ

縛天少女の運命と嫌いだった世界は壊れる

「今日はわがままを通していただきありがとうございます」

 放送がおわり、瑞は番組スタッフに頭を下げる。とたんに、スタジオは拍手の音でいっぱいになる。

「おつかれさまです」

 代表としてか、瑞のことをずっと見守ってくれていた上司が前に出る。

「待っている人がいるでしょうから手短に。花芽くんは私のことを憧れのアナウンサーだと言ってくれた。そのことに僕は感謝しています。あの日、日本に深く傷を刻まれた日はただがむしゃらに仕事をしていました。その仕事ぶりに憧れてくれた君が今度は誰かの憧れになることを祈っています」

「ありがとうございます」

 上司はあいかわらずのにこやかな表情で、瑞を見送る。

「それじゃ、いってらっしゃい」

 周りの人々の拍手に包まれて、瑞はスタジオを走り出した。


 建物を出ると、一台の車から瑞を呼ぶ声が聞こえた。

「僕とのドライブは嫌かもしれないけれど、乗って」

 ドアを開け乗りこむと、シートベルトの確認もしないままに煌は車を出発させた。

「急いで向かうから今日は勘弁してくれ」

「いや、ありがとう」

「いつになく素直だね。このまま告白すればワンチャンスあるかい」

「それとこれとは話が別だ」

「それは残念。そうそう、最後の放送、お疲れさま。僕のことも出してくれて嬉しかったよ」

「世話になったからな。俺の方こそ感謝している」

「そう」

 相槌を打ち、煌の言葉は止まる。瑞も何も言わなかった。しかし、病院に向かう最後の曲がり角で、煌は口を開く。

「君はかっこいいんだから、自信を持てよ」

 不意に言われた褒め言葉に瑞は目を丸くして、煌を見る。

 煌は正面を見据えつつも、耳が赤くなっていた。


 何も話すことができずに、瑞は車を降りる。

「ありがとう」

「うん」

 短い挨拶を交わして、天が入院している病室に向かう。

 はやる鼓動を聞きながら、ドアを開くと準備を整えていた天と荷物を持つ奏、そばに立つ天の父が瑞を見つめた。

「ご協力いただきありがとうございます」

「いや、私の愛娘のためだ。こちらこそありがとう」

 そう言って、奏を連れて天の父は部屋を出る。すれ違い際に奏より「お疲れ」と言葉をかけられる。

 そして、残ったのは瑞と天だけだった。

「瑞さん、お疲れさまです。あの言葉は私に向けてのものですよね」

「ああ。あれでもまだダメか」

「ダメって言ったらどうしますか」

 いじわるな顔をして天は笑う。

「もう俺にできることは天の側にいることだけだな」

 真面目な表情で言う瑞に、天は目を丸くしてすぐに年相応の笑顔を見せる。

 そして、小さく「……そっか」とこぼした。

「瑞さん、今は息苦しくないですか」

 言われてみて、初めて気づいたようで瑞は喉に手をあてる。

「いや息苦しくないよ」

「なら、あの言葉は瑞さんの本当の祈りだったということでしょうね」

 天は着ていたブラウスのボタンを外し、素肌を見せる。

「瑞さん、目をそらさないでくださいね」

 気まずそうにする瑞にほほえみかけながら、ついに天は素肌を見せる。その肌には蔦のように這っていた黒い痣がなくなっていた。

「瑞さんのお祈りのおかげです」

「よかった」

 しゃがみこむ瑞は心底安心したという表情だった。しかし、すぐに変わる。

「天、さん」

 素肌を見せたまま瑞を抱きしめる天に、思わず瑞は敬語が出てしまう。

「もう私との会話で敬語はなしって言ったじゃないですか。これは罰を受けてもらうしかありません」

 ぷくっと膨れた表情を元の笑顔に戻し、天は瑞にささやく。

「これからずっと私の側にいてください」

「はい」

 抱きしめあう二人を木漏れ日が祝福していた。

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縛天少女の運命〜嫌いな世界の壊し方〜 蝶咲瑠南 @r-chousaki

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