第四章 縛天少女のための飛翔
第九話 準備=遺志
何も思いつくこともなく時間がすぎていく焦燥に、瑞は耐えられなかった。
天が入院している病室に顔を出すと、すぐに天が声をかけてくれる。
「ただの、というには重大すぎる発作ですが、他に問題はないので明日退院するのですよ」
「それはよかった」
できる限り笑顔を意識したつもりだったが、天には見破られてしまう。
「瑞さんはどうかされましたか。どこか焦っているような」
「だって、あまり時間は残されていないのだろう」
「とはいってもどうしようもないことですからね。私が望んだことですし、死の宿命は受け入れていますよ。あとは最短で理想を達成できるかどうかです」
「それでよいのか」
「よいかと言われればあまりよろしくはないですが。この才能をこの世に生きる人のために使うことは決めていて、そのせいで寿命が短くなっているのですから、逃げることはできませんよ。それは瑞さんも同じでしょう」
「私だけの問題だったら同じことを言っていたが、天もとなるとうなずけない」
「お優しいですね。でも瑞さんの方がどうやらまだ残された時間があるのですから、ぜひとも私がいなくなった後は頑張っていただきたいのですよ」
「ただの広報担当が」
瑞の疑問に、天は笑う。
「ただの広報じゃないのです。あなたもすでに寿命が近づいているとしても、あなたの才能は最も人に想いを伝えられるものだから選んだのです。まあ、寿命が痣と発作によって可視化されているからこそ、先につなぐことを忘れないでいてくれるだろうという打算もありますが」
「天は自分で人の幸福を保障する機関を作ろうとしていたのではないのか」
「本当は私が作りたいですよ。私が理想とする仕組みを作れるのは私ですから。それでも寿命であればしかたがありません。それに仕組みが作れたとしても、実際に受け入れてもらうためには、一人の寿命よりもきっと長い時間が必要ですから最初から私が完結させることはちょびっとしか思っていません」
おどけるように、天は親指と人差し指をかすかに間を開けて近づける。
「だから、瑞さんは私のことは気にせず、私の考えを受け取ってもらえるとうれしいです」
うなずくこともせず、瑞は口を開こうとしてけっきょく何も言わなかった。
「瑞さん。あなたが人を傷つけないように言葉を選ぶ人だということは知っています。でも、私を傷つけるようなことを話そうとしているのであれば話してください」
観念したように、瑞はうつむきがちに口を開く。
「もしかすると痣が消えて私は期待にそうことをしないかもしれない」
天は目をつぶって少し考えた先に言葉を発した。
「なるほど、代償を克服する手段があるかもしれないということですか」
天の次の言葉を瑞は黙って待つ。天は笑った。
「私は瑞さんのことをいたく気に入っていますから、私の想いをいろんな人に広めてくれると傲慢ながら思っていますよ」
「自身が救われようと思わないの」
「私は死ぬことが怖くないのですよ。後悔を抱いたまま死を迎えたくないだけ。ですから、母にも父にも奏にも、私に付き従ってくれた会社の人にも、そしてあなたにも私はすでに救われていて感謝しかないのです。あとは私ができる準備をしておくだけです。その準備を重くとらえていただく必要はありませんよ」
どこまでも優しい言葉に、瑞はより諦めないと歯を食いしばった。
「諦めるつもりはないから、私も奏さんもお父さんも天に生きていてほしいと願っている」
「……ありがとうございます」
言葉を聞きいれ、瑞は病室を出る。
そして、病院の敷地から抜けると、電話をかけた。
相手は今日振ったばかりの宇尾煌だった。
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