第八話 過去=懺悔
煌と別れてからの瑞の動きは早かった。
奏へ連絡をとり、天が歩んできた道を教えてもらえるようにお願いし、待ち合わせまでに煌と話していた内容を整理する。
瑞や天が患った原因不明の呼吸困難は授かり物の才能が発端だった。しかし、いつも息苦しいわけでもなく、不意にやってくる。
発作のきっかけはまだわからない。しかし、煌は救う手立てはあるといい、煌は瑞を救えて天は救えないという。
煌にとっての瑞と天の違いはわからないが、瑞が煌の恋人になることが必要ということから、おそらく健康を害するものではないと推測できた。
また、瑞が無気力になっていたときは薬がなくても発作がなかった。ということは、薬を常飲することが煌が言っていた解決法ではないだろう。
薬に頼らず身体的不調が解決するパターンとなると、メンタルの調子改善だろうか。
しかし、確実性に乏しいと思われる。たしかに一時的には解決するかもしれないが、完治と言えるのかは疑問が残った。
とはいえ、他にできることもなかった。
瑞はアナウンサーであり医者ではないのだから、言葉で励ますしかない。
これまでに培ってきた情報で、希望を持たせるしかなかった。
改めて気合を入れ直していると、チャイムが鳴る。瑞がドアを開けると、訪問者は奏だった。
「ご足労いただきありがとうございます」
「いや、お嬢さまの側近になるのであれば、知っておいたほうがよいだろうから問題ない」
奏は言葉を区切り、瑞をにらむ。
「これでお前はお嬢さまのお役に立つことを選んだ、ということでいいのだよな」
「はい」
鋭い眼差しに余裕をもって返事を返すと、奏のしかめっ面は和らぐ。
「ならいい。あと、今晩はもう一人お嬢さまのことをよく知る方がお前と会いたいとおっしゃっているが、問題ないか」
「もう一人、側近がいらっしゃると」
「いや、お嬢さまのお父君だ」
奏の指す人物に思い至ると、瑞は言葉をつまらせた。
「本当ですか」
「お嬢さまの原点を知るのならば、彼の方ほど適任はいらっしゃらないだろう」
「たしかにそうかもしれませんが」
弱気が見え隠れしている瑞の背中を奏は思いっきり叩く。
うめき、恨みがましい瞳で奏を見つめるが、奏は正面から受け入れる。
「電話口でお嬢さまの体調不良をどうにかできるかもしれないと、やけに強気な声で言っていただろう。その自信はどこにいった。私の次にお嬢さまに近い立場になるのだから、誰であっても背筋を伸ばせ。自己を示せ。それがお嬢さまの評価になるのだから」
少し笑みを見せる奏に瑞は苦笑する。
「私を仲間だと思ってくれるのですね」
「いや、お嬢さまが仲間にするというのであれば、それに従うだけだ。とはいえ、電話のときは認めてやってもよいと思ったが見当違いだったか」
「もう折れません」
深呼吸をして、しっかり奏を見据える瑞の瞳はもうぶれなかった。
「ならばよい」
奏もその様子を認め、話を進めることにする。
「お嬢さまがどうして計画をたてたのか、知りたいということだったな」
瑞はうなずく。
「少なくとも小学生からあの計画をたてたわけではないと思います」
「そうだな。父君からグループの小さい一企業の社長を任せられたとき、同世代よりも冷静であったことに間違いはないが、飛び抜けて優秀というわけでもなかった」
「しかし、十分に成長させることができた以上、飛び抜けて優秀と言っても過言ではないのではないでしょうか」
「いや、お嬢さまの経営手腕は並だというのが、財界の評価だ。それでも企業が成長したのは間違いなく従業員が優秀だった。とはいえ、優秀な従業員が優秀な成果を残すことができるように環境を整備したという点でお嬢さまは優秀だと私は思う」
「それはけっきょく経営ではないのでしょうか
「お嬢さまは十分にご自身の経験値のなさを知っていた。そのため、基本的に合議制で方針は決められていたし、対会社との打ち合わせがあるときは必ず大人を代理としていた。そういう意味では経営というより社内を子どもの理想論的な視点で観察し、改善指示を出されていた」
「理想論的な視点というと、物語のように最後はハッピーエンドになると信じられていたということでしょうか」
瑞の考えに奏は少し悩み「おそらくは」と口にした。
「お嬢さまの秀でたところは、ご自身の理想をしっかり理屈として表現できることなのかもしれない」
「なるほど。あと奏さんが御側付になったきっかけを差し支えなければ教えていだけますか」
「私がお嬢さまの母君よりお嬢さまが自由にふるまえるよう、幸せでいつづけられるように、見守ってほしいと遺言を賜ったからだろう」
「奏さんから見て、母君と父君の印象を教えてください」
「お嬢さまの母君は心優しい女性だった。まさに理想的な母親だと思う。父君は母君が亡くなるまではよい父親でいようとしていたのだろうが、気負ってしまったのだろうな。お嬢さまと関わらなくなり、お嬢さまが将来困らないようにすることで精一杯で冷徹のように感じられることがある」
奏の物言いに瑞は不安そうに確認する。
「そんな方がいらっしゃるのですか。とても天をよく見ているとは思えませんが」
「いや、父君はお嬢さまを常に心配しておられる。どこからが甘えにつながり、どこまでが優しさの範疇かはかりかねているだけだ」
瑞は「なるほど」と相槌を打つと、チャイムが鳴る。相手は細身の男性だった。
「お嬢さまの父君だ」
奏の言葉に、瑞は礼を失さないよう意識しながらドアを開ける。
「お迎えに上がれず申し訳ございません。私が花芽瑞です」
羽雁という名前を有名にした男は、話を聞くよりも弱々しい表情で一礼する。
「テレビを拝見していました。お体を悪くされていると聞いていますが、いかがですか」
「ありがとうございます。天さんのおかげで落ち着きました」
「それは何よりです」
「どうぞ、お入りください」
瑞は天の父を案内すると、奏がおじぎをする。
「奏くんもいつもありがとう」
「恐悦至極です」
三人が席につき、会話が始まる。
「それで天の物心がつく頃の話だね。とは言っても、私はあまりよい父親ではなかったから、寂しい思いをさせてしまったと思う」
「それでもどうして天さんが人類の幸福を願うようになったのかを知りたいと思います」
天の父はしばらく考えて、納得したようで口を開く。
「それは、死の間際に母親が幸福に生きるよう言い残していたこと、私が多くの人の命で生かされているから報いるように言ってしまったからかもしれない」
「それは十年前のあの日にですか」
奏の言葉に天の父はうなずく。
「あの言葉が天にとって呪いになっているのだと思う」
どうして天の父がこんなにまで弱々しい態度なのか、瑞は理解した。それは天に対する申し訳なさと後悔が原因だった。
「あのときの私はどうしても天が困らないように教え導かなければならないと思っていた」
何も言えずにいる瑞と奏を放って、天の父は言葉を続ける。
「それが天にとって幸福だと思いこんでいた。教えを守れば報われるように神頼みをした結果が、まさか天の寿命を縮めているとは思いもしなかった」
誰にも言えなかった告白だからだろうか、天の父からどんどん懺悔の言葉が紡がれていく。
その言葉を二人はただ聞くしかなかった。
「社長に任命してからやけに体調を崩すようになったと思い、名医に診断を依頼すれば体を蝕むような痣があることの他には何も問題がないと言われ、手当たり次第に話を聞けば過去にも同じような事例があったと。そして、早逝するという。すべて私のせいだ」
「落ち着いてください。そんな痣は天さんご自身が望んだ結果でしょう」
「いや、私のせいだ。私が祈った結果がこの事態を引き起こした」
突如、天の父は瑞の両肩をつかんですがった。
「天の命を救う方法があるのなら、なんとしてでも救ってほしい。そのために必要なことはなんでもする」
勢いに押されて、瑞はうなずいた。
これ以上は話ができそうにないと判断したのか、奏は会話を切り上げて天の父を立ち上がらせる。
あとは瑞に任せるようで、奏は「頼んだ」と言い残し天の父といっしょに家を出ていった。
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