第三章 勘違いの脱出方法

第七話 覚悟=存在理由

 瑞が家に帰ってきてからしばらくするとチャイムがひびく。と同時に煌の声も聞こえてきた。

「これから喫茶店に行こう。大事な話があるから」

 しかたがなく、了承の返事をして、瑞は準備を進める。

 先に向かったようで煌は瑞が家を出る頃にはすでにいなかった。SNSを確認すると、場所の指定があった。

 しばらく歩いてたどりついた店は個人経営のようだった。

 ドアを開けると、煌が手をあげて場所を示す。

「待たせた」

「いや、かまわないよ」

 すぐに店員はやってきて、注文を聞いてくる。瑞はひとまずアイスコーヒーを頼む。

「僕はアイスティーで、いつも通りミルクも砂糖もつけなくていいよ」

 店員が去ると、すぐに瑞は本題に入る。

「それで大事な話っていうのはなんだ」

「ところで、君の体調は変わりないかい」

 あいかわらずにやついた表情の煌に瑞は舌を打つ。

「変わらない。この間、会ったばかりだろう」

「いや、君の抱える健康不安はいつ変化してもおかしくないだろう」

「まだ死なない」

 意外だと言わんばかりに目を丸くした煌はより笑みを深める。

「お嬢さまの影響かい」

「どうでもよいことだろう」

「そうかい」

 会話が止まる。会話に区切りがついたことを確認したからか店員が注文の品を運んでくる。

「失礼しました」

 そのまま店員は席を離れる。運ばれてきたアイスティーを煌は一口飲んだ。しかし、瑞は飲まなかった。

「薄まってしまうよ」

「お前がはやく話せばよいだけだ」

「なら、もう少しだけ待ってくれたまえ」

 瑞の都合を考えずに紅茶を味わう煌に苛立ちを隠さずに、瑞はコーヒーを呷る。

「そんなに一気に飲まなくても、僕が待たせる時間は変わらないよ」

 怒りが蓄積していくのを感じながら、瑞は腕を組んで煌を待つ。

「いつまで待てばいいんだ」

「この店の紅茶はおいしくてね。ゆったり味わいたいんだ」

「お前が大事な話があると言ったんだろう」

「本当にせっかちだね。が、話をしようじゃないか」

 ため息をつきつつ最後の一口を飲み、煌はグラスを置く。

「私にも優秀な情報網があってね。君のことも、君がお熱のお嬢さまのこともよく知っているのさ」

「だからどうした」

「いや、本題は別だが警告のようなものかな。それで本題だが、君を助ける方法があるから、私のものになってくれないか」

「俺なんかより、天を助けるべきだろう。俺はまだ元気だ」

「この間まで無気力だったやつがよく言うよ。どうせ、意識してしまえばまた苦しくなるというのに」

 言われた瞬間に襲ってくる息苦しさを吹き飛ばすように、怒気を言葉にこめる。

「黙れ」

「このままだと君もお嬢さまも近々死ぬ運命は変わらない。なら、僕には何も関係がないお嬢さまよりも愛する君を救おうとするのは道理だろう」

 蛇が獲物を狙うときを思わせる視線に、瑞は睨みかえす。

「なら嫌っているお前の提案に乗るわけがないのも道理だ」

 しばらく瑞を見つめると、とつぜん立ち上がり瑞の側に来る。そのまま、瑞を抱きしめ、耳元でささやいた。

「僕は君が好きなんだ。愛している」

 逃げることもできない瑞をよいことに、煌は瑞の耳を食む。

「おま、え」

「君にならもっと尽くしたい。だから私を君のものにしてくれないか」

 だんだんと近づいてくる煌に何もできないでいると、瑞は冷や汗が流れ始める。呼吸も荒くなって、いよいよ煌の吐息が感じられるだろうほどに近くなる。

 ついに唇が触れるかどうかまで近づくと、不意に瑞は左胸を押さえた。

 驚きと共に瑞を呼びかける煌に、瑞はもう一方の手で拒絶した。

「やめてくれ。俺は代償を払ってでも目指す場所がある。この痛みが思い出せてくれるのなら、ずっと寄りそって生きていく」

「だが、瑞」

「そんなに俺をお前のものにしたいのなら、天の運命を壊してくれ」

 瑞の言葉に煌は悔しそうに告げる。

「それは、できない」

「なぜだ」

「私がお嬢さまを好きでないから。それに、君と同じようにお嬢さまも運命を受け入れているのだろう」

 いつもの涼しそうな表情を取りつくろうとするが、うまく笑えない煌に瑞は何も言いかえすことができなかった。

「それでも君は僕を受け入れないと言うのかい。自分が定めた宿命を受け入れて、なしたいことをなす前に死神がやってくるかもしれないという恐怖を飲みこんで」

 震えている煌の肩に手を置き、瑞は煌の視線に初めてしっかりと向き合った。

「お前が死なない可能性を教えてくれたんだ。なら、希望を捨てるつもりはなくなった」

 歯を食いしばる煌はうつむき震える。

 初めてみた煌の弱々しい姿に、瑞は別れを告げる。

「お前のことが少し好きになれたよ。ありがとう」

 何も言わない煌に振りかえることもなく、店を出た。

「だから好きなんだよ。生まれながらの心根の気高さが僕の目を惹いたんだ。花芽瑞くん」

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