第五話 交流=思想

 いちごのホットケーキもBLTホットサンドも食べ終えた二人は、それぞれが注文していたドリンクを飲みながら、次の行き先を相談していた。

 しかし、あまり乗り気ではなかった瑞はようやく疑問を口にする。

「決して楽しくないということではないけれど、改めてどうして私にここまでしてくれるの」

「瑞さんを救いたい、という言葉ではなく、ということですよね」

 観念したようで天は佇まいを正す。つられて瑞も正した。

 さながら真剣の斬り合いを思わせるような威圧感の中、天は口を開く。

「端的にいえば、私の理想のためです。全人類が幸福の中で生きることができる世界を作ることが目的を達成する過程ですが、世界を作る過程のなかで瑞さんの力が必要だからです」

「私の力というと」

「瑞さんは神頼みをしたことがありますね。それも自分の命を代償に」

 天の言葉は瑞の目を丸くし、呼吸を忘れさせた。

「あなたの成功体験には天性のものを感じていましたので調査しておりました。後天的に授かった才能は何かを代償にして得られるものですが、よくあるものは寿命です。規則正しい生活を崩して努力をする。食事を考える時間を努力に使うために食生活が乱れる。それらは最終的には命のエネルギーを前借りすることになり、負債は寿命で払われる」

 表情がなくなっている天は神を体現したかのような威圧感があった。その雰囲気に飲みこまれてか、瑞は何も言えずにいた。

「それでも、実力が発揮できるようになるとは限らない。しかし、強い想いは願い事に変わり、後天的に寿命を代償に実力が発揮できるようになります」

「それはその人ががんばったから、とかではなく」

 瑞の問いに天はうなずく。

「神さまによってもたらされた才能はベストパフォーマンスができる状況で実力を発揮するタイミングが訪れますので、個人の努力は関係ありません」

 ふたたび瑞は何も言えなくなった。代わりに天が口を開く。

「実力をのばすためには努力が必要ですが、実力通りの結果を残すにはタイミングも重要です。瑞さんが祈ったことで授かったものは私の目的達成を盤石なものにするために必要なのです」

 小さな声ながらも熱弁する天に瑞はおずおずと尋ねた。

「プロパカンダ」

「その後に、瑞さんも長く幸せになってもらいます」

 突き放すような声音がひびく。しかし、天はすぐに明るくふるまう。すでに威圧感は無くなり、ふつうの少女のような声をひびかせた。

「瑞さんには私のことをよく知ってもらうために、今から議論をしましょう」

 席を立ち、瑞の腕をひいてレジまで向かう天に困惑しながら、瑞はついていく。

「とてもおいしかったです。ごちそうさまです」

 大人として少女に払わせるわけにはいかないと、瑞は天を制して会計を済ませる。

 天は嬉しそうにお礼を言い、また店員にも挨拶をしていた。

 カフェを出るとふたたび天に手をひかれ、貸会議室につれこまれる。

「本当は今日の最後にしようと思っていたのですが、先に私が瑞さんを救おうとする理由を聞かれてしまいましたので予定変更です」

 ドアの正面にホワイトボードとデスク、イスが備えられた真っ白い部屋はあまり広くない。

 天はすぐにホワイトボードまで近づく。

「瑞さんは席に座ってくださいね」

 おとなしく席に座ると、天はどこから取り出したのか黒縁メガネをかける。

 妖艶な色気がまったくないため、女教師をイメージしているのだと思われたが愛らしさが増すばかりだった。

「それでは羽雁天のユートピア創造計画について討論をしましょう」

 ホワイトボードに丸っこい字を書くが、身長が足りないようでホワイトボードの少し低い位置から描き始めていた。

「私が書こうか」

 瑞が声をかけると顔を赤くし、首をふる。

「瑞さんには私の計画をより理解してもらいたいので、大丈夫です」

 ひとまず瑞は座ったまま始まった。

「まずは前提の共有からですね。ユートピア創造計画は名前は置いておくとし、要するにあらゆる人が幸せに暮らせるようにするための計画です。その過程で人々の幸福保障機関を作り、人々への啓発活動と幸福を害する事象の防止活動を行います」

 瑞は壮大な話に理解を拒みそうになっていた。

「より具体的にすれば、人々への啓発活動は幸福に対する議論を活性化させるだけで、ご自身にとっての幸福とは何かを考えてもらう機会を増やすだけです。瑞さんにはこの活動の広報を担っていただきたいと思います」

 天は言葉を区切り。瑞にうなずかせて説明を再開する。

「幸福を害する事象の防止活動は、比較機会の矮小化を目指します」

「比較機会の矮小化というと」

「現在の不幸は他者との比較で生じた結果です。もちろん遺伝的体質による病、災害による被害も不幸の原因ですが、科学技術の発展や社会制度の充実により不幸を和らげることが可能ですので、私がいう不幸は比較による結果と定義しました」

 少し考えて、瑞は疑問を口にする。

「他者との比較で不幸になるというと、どういう理屈で」

「人間社会は相対的な価値観で動いています。相対的な価値観は比較によってなされることは明らかだと思います。つまり、比較によって万物を評価しよりよい選択をしてきました」

 瑞がうなずいたことを確認し、天は続ける。

「しかし、人によって比較部分や考慮事項は異なり、大衆が判断したものと個人で判断したものが違う場合も多々あります。結果として、個人は自身の判断を間違ったものだと認識し、自身の価値を見誤ることが不幸につながります」

「それは比較したことが問題というより、自己愛というか個人的な問題な気がするけど」

「そのように答えてくれる方が多ければ、自己肯定感という単語はここまで話題にならなかったと思います。人はどうしても他者からの評価を自分の価値だと思ってしまいます」

 天の言葉に瑞は歯を食いしばった。図星をさされ、何も言えなくなってしまったようだった。

「瑞さん」

 天は優しげな口調と視線で瑞を見る。

「別に瑞さんや他の似たような人を責めているつもりはないのです。人間はどうしても他者からの評価で支えられたり、現代でいえば生きるために必要なお金が支払われたりするのですから、あながち誤りともいえないのです。しかし、その評価はあなたの一面だけのものですから、いくつかある分野の総合点数のうち、一分野における点数でしかないのですよ」

「じゃあ、は」

「あなたは誰かに評価されるまでもなく、命を削って努力してきたすばらしい人です。そんな人をどうして貶めることができるでしょうか。誰もできませんし、してはならないでしょう」

 瑞は自分の目元に手をあてた。赤くなっていく耳から天は察したようで、昨晩と同じように瑞の頭を抱きしめる。

「瑞さん、私しかいないのです。だから、声をあげて泣いても誰も恥だとは思いませんよ」

 その言葉にしたがい、瑞は天を強く抱きしめて、声をあげて泣いた。

 天は泣き止むまで瑞の頭を撫でつづけた。

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