第9話 自由
とある、日曜日、俺は、一縷さんと、こんな話をした。
その時の、一縷さんの意志の強さ、人としての温かさ、あることへの関心…、いや、悲しみと言うべきか…。そんなものをどうしても、忘れられなかった。
「あー…、猫って自由で良いよなぁ…」
俺は、猫を3匹飼っている。3匹とも、保護猫だ。一縷さんが、拾ってきて、両親からも、絶大な信頼のある一縷さんの頼みを、断わるはずもなく、猫を飼うことをすんなり許した。
「そうですね。猫は、確かに自由かも知れません。ですが、人間はどうでしょう?」
「え?」
「猫も自由に生きようとしていると、わたくしは考えます。ですが、人も自由になることを諦めませんでした」
「どういう意味?」
「そのままの意味でございます」
「う~ん…もうちょっと、分かり易く教えてくれる?」
「こんなお話に、櫂おぼっちゃまはご興味がおありですか?」
「こんな話?」
「人間の、自由に関することでございます」
「人間の…自由…。うん。一縷さんの話なら、聞いてみたいかも」
「そうでございますか。僭越ながら、わたくしの、人の自由に関して、お話、させていただきます」
「うん」
そうすると、一縷さんは、急に真面目な顔になって(いつも真面目だが)、語りだした。
「人は、自由になることを諦めませんでした。遠い昔、奴隷と呼ばれる人々が、理由もなく、こき使われ、ひどい扱いを受け、そして、命を絶たれたというのに…。そして、今も、この世界には、自由になることを諦めない人たちがいます。人種差別といわれるものです」
「人種…差別…。確かに、黒人とか、まだ何の理由もなく殺されたりしてるもんな…」
「さすがは、櫂おぼっちゃまです。そう。理由もなく、殺されるのです。肌の色が違う。只、それだけの理由で。肌の色が違うと、体内に流れる血の色も変わるのでしょうか?肌の色が違うと、体から流れる汗の成分も変わるのでしょうか?肌の色が違うと、瞳から流れる涙の味も変わるのでしょうか?…答えは、どれも、『いいえ』です」
「…だよな…。白人は、偉そうにしてるけど、黒人の方が身体能力や、歌唱力や、まさっていることもあるわけだし…」
「その通りでございます。わたくしたちは…だって、わたくしたちは、同じ、人間なのですから。肌の色で、命が軽んじられるこの世の中は、明らかに、おかしいのです。わたくしに言わせていただくのなら、そんな風に、人種差別をする人間こそ、人間ではない。そう、わたくしは考えます」
「…一縷さんは、正論を言うけど、どれも、誰にも言い返せない正論だよね。すごいなぁ…」
「いいえ。そんなことはございませんが、ご存知でしょうか。櫂おぼっちゃま。最初に、女性に選挙権を、と言った方は、死刑となっているのです。そんな壮絶な自由を求めた方々がいるから、今、わたくしたちは、このような、未だ消えぬとはいえ、それでも、ある程度の、自由を生きているのだということを、お忘れなきよう…」
「…うん。一縷さん、ありがとう…」
俺は、一縷さんに、それだけ言って、部屋に戻った―――…。
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