第5話 「光」と「闇」

人は、闇を恐れるもの…だと、俺は思っていた。だって、怖いから。夜道だってあんまり歩きたくはないし、光の無い中で、生活することなど、もはや、不可能だ。


そう思っていたのは、同じクラスの、広口亜埜ひろぐちあのも、同じだったようだった。彼女は、ひたすら、闇を恐れていた。なぜなら、彼女は、高校生でありながら、モデルの仕事もしていたからである。


その亜埜は、光の中で、撮影をし、光の中で、ランウェイを歩いていた。ひとたび、闇に足を取られれば、人気も地位も名誉もなくなってしまう。きっと、彼女はそう考えているに違いなかった。それゆえに、闇を恐れ、今や、モデルの仕事にも支障が出る程、『闇恐怖症』となり果てていた。


そして、俺は思ったんだ。


「一縷さんなら、この状況を、何とかしてくれるかも知れない…」


と。


そして、俺は、少し強引に、亜埜を俺の家へ招いた。


「おかえりなさいませ。櫂おぼっちゃま。まぁ、可愛らしい方ですね。おぼっちゃまのガールフレンドでいらっしゃいますか?」


「んなわけないでしょ。一縷さん。ちょっと、のっぴきならない用事があってね」


「はぁ…。そうでございますか。どうぞ。中へお入りください。すぐにお茶のご用意をしてまいります」


「…櫂くん、“おぼっちゃま”って呼ばれてるの?」


亜埜が、にやつく。くそ…。やっぱり、こんなやつ、放って置くべきだったか…と、一瞬思ったが、一縷さんなら、そんな事、絶対に(この場合は、を使っていいと思う)、思わない、と思い直し、一縷さんに部屋へ来るよう、頼んだ。


コンコン。


「櫂ぼっちゃま。入ってもよろしいでしょうか?」


「いいよー。一縷さん」


「失礼いたします。櫂ぼっちゃま、御用…というのは?」


「あ…ほら、言えよ。亜埜」


「…う、うん…。私、闇が怖いんです。暗くて、不気味で、何もかもを呑み込んでしまいそうで…。私、モデルの仕事をしてるんですけど、闇の事を考えるだけで、足が竦みます。夜になるだけで…それだけで怖いんです。もう二度と、朝は来ないんじゃないか…って…」


亜埜は、泣きながら、訴えた。すると―――…。


「広口亜埜さん。落ち着いてください。大丈夫です」


「大丈夫って何が!?あなたにこのプレッシャーや、闇の恐ろしさが解る訳ない!!」


亜埜が、口調を強めた。しかし、一縷さんは、穏やかな笑顔でこう続けた。


「闇を怖がるのはやめてください。闇が無ければ、光もまた、存在することは出来ません。光は闇が存在することによって初めてその価値を我々に示すことが出来ます」


「………」


あれだけ、興奮していた亜埜が、静に、ゆっくりと泣き顔を上げた。


「闇を怖がることは光を怖がること。つまりは、生きてゆく事さえ出来なくなる、ということなのです。苦しい時、辛い時、悲しい時、悔しい時、そこには必ず、『闇』が存在します。しかし、その想いは、光を信じて、何かを成しえたことで生まれる感情です」


その言葉に、頷き出す亜埜。


「その感情なしに、広口さんは、嬉しいことを嬉しいと、楽しいことを楽しいと、幸せなことを幸せと、感じることが出来ますか?『光』と『闇』は、常に表裏一体。ご自身の幸せ、成長、そして、何かに立ち向かう勇気を、お持ちになりたいのなら、感じたいのなら、決して、闇を恐れてはならないのだ、とわたくしは考えます」


「………」


亜埜は、しばらく、泣きじゃくっていた。彼女の心の中で、一体どんな葛藤がなされているのか、解るのは、一縷さんくらいだろう。


しばらくして、亜埜は、スーッと息を吐き、一縷さんに言った。


「ありがとう。一縷さん。私は、感情を捨てなければならないんだって、思ってたんです。きっと。『闇』呑み込まれないためには…。でも、違ったんですね。感情を爆発させて、ランウェイを歩けば、『闇』も、『光』になるのかも…」


「はい。わたくしも、そう思います。頑張ってください。広口さん」


「ありがとうございました。一縷さん…」




「な?言ったろ?一縷さんは、すげーって」


「何よ。自分が偉いみたいに!」



「ほーんと…一縷さんは、すげーよな…」


「うん。だね」



広口は、心穏やか、と言った感じで、帰って行った。

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