第3話 「遠く」と「近く」
「失礼します。お紅茶を入れてまいりました」
「ありがと。一縷さん」
「いえ。それで…わたくしに、お話とは?」
「…ほら、言えよ!」
「え…や…でも…」
「じゃあ、俺が代わりに言う?」
「頼む!!」
「一縷さん」
「はい。何でしょう」
「一縷さんに、聞いてもらいたい話があるんだ」
「はい。わたくしでよろしければ、お伺いいたします」
「こいつ、すきな子がいるの」
「まぁ。素敵。どんな方なのですか?」
「学校一の、美少女!!」
「まぁ!本当に素敵ですね!!」
「素敵じゃないっすよ!!」
倭が、怒りを爆発させた。
「…素敵ではない…。なぜでしょう?」
「一縷さん、聞いてなかった?相手は、学校一の美少女なの!遠くて、手なんか伸ばせないよ…」
爆発させた怒りは何処へ行ったのか、シュンと、肩を落とす倭。
「…………」
(あ、来る!)
櫂は、そう感じた。
「果たしてそうでしょうか?」
「へ?」
倭が気の抜けた返事をする。
「遠くにあるから、手を伸ばさない。それはきっと違います。『遠くにあるから』、と、最初からあきらめ、何もしないお方は、きっと、それが近くにあっても手を伸ばすことは無いでしょう」
「そ、そんな事ないです!!」
「では、お聞きします。その方の学年は?」
「…同じ…学年です…」
「もう一つ、お尋ねします。その方のクラスは?」
「…同じ…クラス…です…」
倭の声が、だんだん小さくなってゆく。
「では、この場合、この例のまま、お話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい!」
「この場合、恋愛を例に出すと、とても分かりやすいです。恐らくは、森重さんの事例にも、当てはまるやも知れません。同じ学校なんですよね?」
「はい…」
「同じ、学年、なんですよね?」
「…はい…」
「そして、同じ、クラス…、でよろしいですか?」
「…間違いありません…」
なんだか、取調室のような空間になってきた。
「では、こういうことですね?同じ学校にいて、同じ学年で、同じクラス。この時、『遠い』とは呼びませんよね?」
「…まぁ…はい…」
渋々と倭が答えた。
「しかし、ひとたび、その方が学校一の美少女だと、途端にその距離は『遠く』なるのです」
「………」
倭は、何も言い返せない。
「そして、それを理由に、その殿方は、その美少女に好意を抱いていても、“遠い”と感じてしまい、何も行動を起こせなくなります」
「あー…それ、わかりやすっ!」
黙って聞いていた櫂が、相槌を打つ。
「それは、解ってるんですけど…!」
反論しようとした倭の言葉を遮り、一縷は話を続けた。…と言うより、倭に、とどめを刺した。
「それは、『遠い』『近い』の問題、関係ではなく、何とも、“逃げている”としか言いようのない状況だと、わたくしは考えます」
「…!!」
「…おー!さっすが一縷さん!良いこと言うねー」
「そ、そりゃ、正論だとは思うけど…」
「正論なのか、どうなのかは、このお話には関係ございません。森重さんに、勇気が足りない、その一言に尽きる、そう、わたくしは申し上げているのです」
「でも、学校一モテるんですよ!?俺なんかが相手にされるはず…」
「そこが違います。すきな人がどんな立場にあっても、すきだと言える勇気が必要だ、と申し上げているのです。まだ、お相手は高校生。一体、どんな方に惹かれ、どんな方とお付き合いしたいのか、それはを、森重さんは確かめたわけではないのでしょう?まずは、勇気をもって、一歩を踏み出すべきかと…」
「さっすが―!!一縷さん!言うねー!!」
「は!わたくしとしたことが!!櫂おぼっちゃまのご親友にこんな説教臭い真似を…!どうか、お許しを!!」
「大丈夫だよ。一縷さん!なぁ!倭?」
「…………」
不穏な空気が流れる。倭は怒ったのだろうか?
「…ありがとう。一縷さん!俺、頑張ってみる!!」
バンッ!と、櫂の部屋の扉を思いっきり閉めると、倭は、すごんで出て行った。
「一縷さん、ありがと!」
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