龍のかけらを探す旅
exa(疋田あたる)
第1話
「道ばたにあるちっちゃい神社みたいなやつ。あれって何が入ってるんだろうな」
ふと口に出してみたのに意味はなかった。けど、マヒルはにやっと笑ったんだ。
「開けてみちゃう? ここから一番近いとこだと、あそこかな? お好み焼き屋の裏にあるやつ!」
「おお!」
マヒルの言葉にうなずいて、俺は走りだした。マヒルがすぐ隣にならぶ。
筆箱しか入ってないランドセルをがちゃがちゃ鳴らして、ふたりで走る。
学校の帰り。寄り道はいけませんなんて言われるけど、帰っても自分で鍵をあけて家に入って誰もいない家に「いってきます」って言ってまた遊びに出かけるなら、帰らなくたって同じだろ。
俺の家はシングルマザーで、マヒルの家は共働き。小学校低学年のうちは学童保育に行ってたけど、五年生にもなればもう必要ない。クラブ活動だってあるし、委員会にだって入ってる。それってつまり、もう子どもじゃないってことだ。
「でもさあ、マヒル」
走りながら、となりのマヒルに話しかける。
「お好み焼き屋のおっちゃんいるだろ。見つかったら、その、めんどくさくねえ?」
学校から走ってきた俺たちは、家とか店をどんどん通り過ぎていってるところ。後ろから「走るなあ!」ってうるさい女子の声が聞こえたような気もするけど、もう聞こえないんだから問題ない。
でも、もうすぐたどりつくお好み焼き屋のおっちゃんは走って逃げられるような相手じゃない。
めちゃくちゃ足がはやいんだ。
小1のとき、マヒルとふたりで「ぼっろい店!」「はいきょって言うんだぜ、はいきょ!」って店の前でげらげら笑ってたら、真っ赤な顔したおっちゃんが飛び出してきて、追いかけまわされたんだ。
それで言われたっけ。「悪口を相手に聞こえるところで言う必要があるか、ないだろう。聞こえないところで言うのも、ほどほどにしろ。もし相手が知ったら、喜ぶはずがないからな」って。
今なら俺たちの足もあのときよりはやくなってるから、逃げ切れるだろうか。なんたって俺とマヒルはクラスで一番足がはやいんだし、なんて考えてたら。
「もう逃げ切れるでしょ。僕とシンヤ、80メートル走クラスで一番と二番なんだからさ」
マヒルが俺と同じこと考えてたから、笑っちゃった。
笑って、競争しながらたどり着いたお好み焼き屋。お店の前を抜き足差し足、ゆっくりこっそり通り抜けたっていうのに、なんてこった。
お好み焼き屋のおっちゃんと、目的地であるちっちゃい神社の目の前で鉢合わせてしまった。
「げ、おっちゃん!」
「うわ、さいあく」
俺たちが行こうとしていたちっちゃい神社は、お店の裏のちいさな空き地の奥にぽつんとある。ちょっと変わった草がいっぱい生えてるなかに道は一本きり。道の先は行き止まりだから、言い訳も思い浮かばない。
「おい、坊主たち。祠になんか用か?」
手にちいさな木の桶を下げたおっちゃんに聞かれて、俺は横にいるマヒルをそうっと見た。
そしたらマヒルも同じように俺のことをそうっと見ていて、ふたりして目を合わせて固まってしまう。
「まぁた悪さでもしに来たか。悪いことは言わねえから、祠はやめとけやめとけ」
呆れた、って感じで手をひらひらさせるおっちゃんに、マヒルはむっとしたみたいだけど俺は首をかしげた。
「ほこら、って?」
「あれだよ。この先にある小さい建物。神さまとか、そういうのを祀ってる社なんだよ。ありゃ」
「へえ。なんの神さま?」
「龍神だよ、龍の神。龍ってなあだいたい水に関係する神さまなのさ。ここは昔、沼だったからな」
「ふうん」
だから生えてる草が変なんだ、と思って見まわしていたら、マヒルが「なあんだ」って言ってくるっと背中を向けた。
頭の後ろで手を組んで、今来た道をてくてく歩きだす。
「なんの神さまなのか見ようと思ってたけど、もうわかっちゃったからいいや。帰ろうよ、シンヤ」
「え、もう帰るのか? ほこら、見てないぞ?」
あっさり帰っちゃおうとするマヒルに驚いて声をかけたら、マヒルのやつ。俺にだけ見えるようにこっそりウインクしてきたんだ。
「いいよ。何の神さまか調べるだけの宿題なんだからさ。答えがわかったなら帰ろ。帰っていっしょにゲームしようよ」
そんな宿題、出てないぞ。
思わず言いかけたけど、マヒルがおっちゃんに気づかれないようチラチラ俺と道の奥とに視線を向けているのを見て、ぴんときた。
「わかったよ。じゃあ、おやつ持って集合な」
「ええ? シンヤん家、なんかおかし置いてないの?」
「おかし置いとくとご飯食べずにおかしばっかり食べるからダメだってさ」
「ちえー、いいよ。僕が持ってく。その代わり、僕がクエスト決めるからね」
「オッケーオッケー」
すごくない? びっくりするくらい自然な会話。練習とか台本なしでこれだぜ。俺たち、あれもらえるんじゃないの。主演男優賞!
なんて思いながら、おっちゃんに背を向けてお好み焼き屋も通り過ぎて、ふたりで飛び込んだのは店の横にある草むらだ。
いい感じに草が生い茂ってて、春だな。しゃがみこんでカメみたいに身体をまるめた俺たちをすっぽり覆いかくしてくれてる。
「あ、おっちゃん戻ってきた」
「きょろきょろしてるね。僕たちを探してるんだ」
うろうろするおっちゃんは、草むらのすぐそばまできた。俺の心臓がめちゃくちゃうるさくて、もしかして聞こえちゃうんじゃないか、ってくらいに鳴ってる。
「あいつら、ほんとに帰ったのか。ならいいけどよ。触らぬ神にたたりなし、だ」
ぼそっと言って、おっちゃんは店に入って行った。
ぴしゃんと閉じた扉が開く様子はない。
「……」
「……」
黙ったまま、マヒルと視線をあわせる。
「……行ったよね?」
「……ああ、行った」
こそこそと言い合って、俺たちはにんまり笑う。
ほんとは「やったー!」って叫びたいとこだけど、叫んだらせっかくやり過ごしたおっちゃんが戻ってきてしまう。
だから俺は自分の口を両手でおさえて、マヒルも自分の口の前に指を立てて、ふたりして黙ったままそうっと草むらから抜け出した。
そうっとそうっと。
店の前を抜けたら急いで急いで。
にやにやしちゃう顔を我慢しながら、ほこらの前まで一直線。ここまで来たらもうおっちゃんが出てきても間に合わない。
ふたりで顔を見合わせ、いっしょにほこらの古ぼけた扉に手をかけた。
「「せーのっ」」
そろって引けば、扉はあっけなく開く。
暗いほこらのなかに光がさして、見えたのは俺の顔ぐらいある大きな黒っぽいもの。ほこらの四隅から伸びる紐で固定されたそれが何なのか、よくわからない。
もっとよく見ようと、マヒルとふたり肩をぶつけあいながら顔をつっこんだ。
「石、っていうにはきれいに薄っぺらいな。黒い貝殻?」
「ううん、違うと思う。なんか、よく見たら表面に年輪みたいなものがある。何かのうろこみたいな……」
言いながら、マヒルが右手をのばす。
「こんな大きいうろこの魚かあ。こいのぼりよりもでかいんじゃね?」
俺も触りたい、と左手で触れたその瞬間。
パキンッと音がして、ふたつに割れた鱗がそれぞれ俺とマヒルの手のなかにあった。
「え?」
「えっ」
驚いた顔で見返してくるマヒルの後ろに、青い空が広がってる。
「え」
「ええっ」
ぱちぱち瞬きした俺のまわりにも、青い空。
ていうか、俺たち。
「ここ、空じゃね!?」
「なんで、地面は!」
空にいた。
ついさっきまでほこらに頭を突っ込んでいたはずなのに、その姿勢のまま空のうえ。
意味がわからなくってお互い叫ぶのに、声が遠い。それは耳元で風がごうごう鳴ってるせい。
「落っこちてる! なにこれっ」
「わかんねえ、わかんねえ! どこだよ、ここ!」
「あっ、あのうろこ! 黒いうろこのせいだよっ」
なんでマヒルがそう思ったのかはわからない。けど、そうかもしれないって慌てて自分の手を見たけど、そこは空っぽ。
下から吹きつける風にしぱしぱする目を無理に開けてマヒルの手元を見たら、やっぱり何も持ってない。
そのことに俺が何かを思うより先に、背中がぞわっとした。
「ギシャアッ」
鳴き声といっしょに横から突っ込んできたのは、めちゃくちゃでかい化け物。
形は蛇にトビウオの羽根をくっつけたみたいなのだけど、影みたいに真っ黒でサイズがやばい。バスくらいあるんじゃないか?
そんなバカでかいやつが牙のびっしり並ぶ口をめいっぱいに開けて、暗い体の中でそこだけ銀色のぎょろぎょろした目に俺を映して向かってきてる。けど空のうえだし。俺、なにも持ってないし。どうしようもない。俺、死んだ。
と思ったんだけど。
「シンヤ!」
マヒルの叫び声と、どんって胸を押される衝撃。
それからとんでもない光が化け物を焼く。
まばたきをしたら、逆さまになった視界のなか。「シャアッ」って鳴いて落ちて行く化け物が見えた。
守られたんだ、って。
マヒルが俺をかばって、跳ね飛ばされたのか。見慣れた姿は遠く、身動きしないまま落ちているから意識がないのかもしれない。
「っマヒル!」
伸ばした手はマヒルに届かない。でも、声は届いたんだろう。
遠く落ちていくマヒルの口元がちょびっとだけ笑ってるみたいに見えた。
「マヒルっ」
落ちていく。
マヒルのそばにいくこともできずに、俺は落ちていく。
びゅうびゅう鳴る風もばちばち身体じゅうを叩く服の端っこも止められずに、俺は落ちていく。
死ぬのかな。
ぼろり。乾いた目から涙がこぼれて、空へのぼっていく。
悲しかった。
意味がわからない状況も、どうにもできず落ちていく今も、このままだと死んじゃうんだってわかっていることも悲しかった。けどそれ以上に、となりにマヒルがいないことが悲しくてたまらなかった。
「やだよ」
ぼろりぼろり。
涙でにじむ視界で必死に探すけど、もうマヒルの姿は見つけられない。
「やだよ」
ぼろりぼろりぼろり。
駄々をこねても笑ってくれる相手がいない。
「俺、ひとりっきりで死にたくねえよお!」
目をつむって思い切り叫ぶ。
直後、聞こえたばかでかい音はきっと俺の身体が地面に叩きつけられる音。とんでもない衝撃に目尻に残っていた涙の雫がはじけ飛ぶのを感じながら、俺の意識はぷつんと真っ暗になった。
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