第17話 アクベンス

 しっかりと叱られたアクベンスはしゅんとして、ちゃんと自分で髪を乾かすことをハマルに約束したところで、お茶の時間になった。


「しばらくは覚えててくれるけど、夢中になるとまた忘れちゃうんだよね。それが無ければ本当に良い人なんだけど、他の研究者も似たような人が多いから、きっとそういうものなんだろうね」

「僕やっていけるかなぁ」

「大丈夫だと思うよ。工房を希望してるんでしょ? 多分、研究者以外でそんな人は見たことないから」

「そんなに研究者って変わった人が多いの……?」

「寝食を忘れることも多々あるし、考えごとをして迷子になったり、ひとりで会話してることもよくあるし……」

「僕、ハマルを尊敬するよ……」


 お茶を配りながら、ハマルとナシラのヒソヒソ話している声が耳に入ってきた。

 私とは関係のない遠い世界の話だなと聞き流して、自分のお茶を手に椅子に座った。みんな席に着いたところでシェアトがみんなに声をかけた。


「さて、まずは紹介をしましょうか。こちらが北の大都市で動物の研究をしているアクベンス。そして、こちらがアクベンスの助手をしているハマルよ。前にも話したけど、ふたりともここの孵化の森で誕生してるわ。ハマルはナシラと同い年よ」


 ハマルは絵を描くのが得意で、その腕を見込まれて助手に誘われたらしい。

 私たちの紹介も一通り終わると、ソワソワしていたアルドラがアクベンスに質問をした。


「アクベンスは動物のどんな研究をしてるの?」

「お、興味あるの? ボクが今研究してるのは狼なんだけど。狼って知ってる? この辺には生息してなくてね、もう少し北の方の山の中とかに生息してるんだよ。見た目は犬に似てるんだけど、ほら、ここの誕生の家の近くにもいるでしょ? 今は二匹いるよねー。ここに来る前に畑で会ってさぁ、久しぶりで嬉しくていっぱい遊んじゃったよ。今も元気にしててホント良かった。あの片方の耳が折れてる方の子は今はもう老犬だけど、ボクが子どもの頃、子犬だったんだよ。こんなに小さくてね、ある日どこからともなくやってきてこの辺に住みついてね、それ以来、暇さえあれば一緒に遊んだんだよー。特に木を咥えて歩くのが好きで、しょっちゅう木を咥えてたね。今もそうなのかなぁ。そうそう狼だ。見た目は犬より狼の方が少し鋭い感じかなぁ。でも群れで遊んでる時とかはホントに可愛らしくて混ざりたくなるくらい楽しそうにしてて良いんだよねー。それでね……」


 すごく楽しそうに話しているが、なかなか本題に辿り着かなくてナシラを見たら、この話長くなるよと声を出さずに教えてくれた。

 そうだよね、と思いながらうんうんと聞いていると聴衆がいることに気分をよくしたのか、アクベンスはどんどんとまくし立てるように話しを続けた。



 要約すると現在は狼の群れを観察していて、特に以前から謎とされている、生まれる場所と誕生の方法について研究しているらしい。

 この世界は人だけでなく、動物も孵化の森のような場所で生まれている可能性があるらしい。しかし、動物の孵化の森は長い間研究されているが、いまだに発見されていない。

 人の生まれる孵化の森も、実は人以外の動物が立ち入れないようになっているらしく、同じ仕組みが、それぞれの動物にも当てはまるのではないかと言われている。

 ただ、ある程度は狼の孵化の森も絞れるのではないかと、先人が残した情報も参考にしつつ、予測した場所で子どもの狼が発見できないかと、観察を続けているとのことだった。


 そして、今回その観察を中断してまで南下しているのは、南方で鳥の観察をしている研究者仲間から、虎を見たと報告をもらったかららしい。

 絵では見たことがあるが、本物はまだ見たことが無い。この機会に是非見たいと、発見された場所に向かっており、ハマルはスケッチをしてもらうためにお願いして、ついてきてもらっているのだという。

 野生の虎なんて迫力があるんだろうなぁと、動物園で見た美しい毛並みの虎を思い浮かべた。あの姿を自然の森の中で見たら、確かに感動しそうだとひとりで頷いた。



 話が落ち着くと、そういえばとアクベンスが一度客室に行って何かを持ってきた。テーブルの上でそれを開くと、そこには香ばしい香りがする淡い茶色の四角形の塊があった。


「こっちではあまり甘いものは珍しくないから、どうかとも思ったんだけどねー。月に数回、教師として学校へ行っているんだけど、その学校の近くの菓子屋で最近新しく売り出されたお菓子なんだ。学生さんの間でも評判になってるみたいだったから、お土産にと出発前に買ってきてたんだよ。店主に聞いたんだけど、甘味はハチミツで胡麻をペースト状にして混ぜ込んであるお菓子みたいだよー。なんでも胡麻ペーストを混ぜ込むことで香ばしさが増して、入れる前のものより格段に美味しくなったって、学校内のお茶菓子としても流行してるらしいよ」


 ハマルも食べたことがあるみたいで、「この辺では食べない香ばしい味で美味しいですよ」とナイフでサクサクと一口大に切っていき、どうぞと勧めた。

 みんな興味津々で覗き込み、次々と食べていった。私も一つつまむと、油らしきものが指先についたが気にせず口に入れた。外側はサクッとした食感で、砂糖とは異なる甘味が広がり、口から鼻に胡麻のいい香りが抜けた。

 今まで食べたことが無いお菓子だけど、確かにお茶請けにピッタリだと思った。シェアトを見ると、目を閉じてうっとりと味わっていた。ミラクは目を輝かせてもうひとつ手に取って観察していた。

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