第18話 胡麻

 胡麻……。

 そういえばここにきてから胡麻ってはじめて食べた気がする。もしかしてバジではほとんど流通してない食材なのかもと思ったのと同時に、ワカメご飯のビジュアルが頭に浮かんだ。胡麻入ってるのあったなぁ。物足りないと感じた材料のひとつかもと思い、無性に胡麻を入れたワカメご飯を作りたくなった。


「胡麻って珍しいんですか……?」

「お、興味あるの? 胡麻はねー、この辺りでは栽培されてない作物だけど、もう少し乾燥した地域では意外と流通してる植物の種子だよ。乾燥に強い植物でね、これくらいの高さまで大きくなるよ。葉っぱはこんな形をしててね、その葉っぱの付け根に白色のこんな形の花をつけるの。白色以外の花もあるみたいだけど、ボクはまだ見たことないんだよねー。その花が結実して熟すと裂けるんだよ。その中の種が胡麻だよ。すごく小さな粒なんだけど、胡麻からとった油は風味が豊かでいい匂いがするんだよ。この辺ではあまり流通してないかもしれないね。このお菓子は油ではないけど、ペーストにして混ぜ込んであるから種子のイメージ湧かないよね。胡麻も今持ってるからちょっと待ってて」


 そう言うとアクベンスはまた客室から袋を持ってきた。二重になった袋を開けると、中にはぎっしりと胡麻が入っていて、胡麻のいい香りがした。


「ほら、こんなにも小さいんだよ。手出してみて」


 出した手に数粒のせてくれた。ミラクも立ち上がって見に来た。


「ご、胡麻はね、このまま食べることはあまりないけど、ま、混ぜたり擦ったりして食べられることが多いかな」

「さすがミラク、詳しいね」

「た、確かにこの辺では使われないね。お、美味しいけど気候的に栽培は難しそうだよね」


 じゃあこの辺では高価なのかとガッカリしていると、ミラクがアクベンスに尋ねてくれた。


「こ、この胡麻、す、少し分けてもらえない?」


 アクベンスはニコッと笑って頷いた。


「もちろん良いよー。じゃあ砂糖と交換してもらってもいい? 黒糖も少し入れてくれると嬉しいなぁ」

「わ、わかった。ちょっと待っててね」


 そう立ち上がって倉庫に取りに行った。


「エルライは胡麻が気に入ったのかい? 確かにこの辺では食べられない味だし風味がいいからねー。好きな人も多いよ。それとも胡麻の植生に興味があるのかい? 今持ってるのは白っぽい胡麻だけど、いくつか種類があるらしいからねー。もし胡麻の栽培に興味があるなら知り合いを紹介するよ」

「えっ、と」


 戻ってきたミラクがその様子を見て


「た、多分、エルライは胡麻の使い方で、お、思いついたことがあるんだと思うよ。ね?」

「はい。おにぎりに入れてみたくて」


やっぱりね、とミラクが笑顔で同意してくれた。


「た、楽しみだね。はい。こ、これで足りるかな?」

「え? オニギリって何? 今まで聞いたことが無いけど食べ物なの? 食べ物なら食べてみたいな。エルライが作れるの? ここにいる間に作れたりしない?」

「エ、エルライが困ってる。おにぎりはエルライが考えた料理だよ。明日の昼食にでも胡麻も使って作るから、そ、そんなにエルライに詰め寄らないで」

「やったー! ここでも新しい料理が食べられるなんて、ついてるなー」


 アクベンスはほくほくと嬉しそうに砂糖を受け取って、胡麻を小分けにして渡してくれた。

 私はミラクにお礼を言って、胡麻を厨房に持っていきますと受け取り、席を立った。



 食堂の中を見渡すと、ルクバトとクラズは釣竿について改良してみようかと話し込んでいて、アルドラとシェアトはお菓子について、こういうのも良いねとつまみながら談笑している。ハマルとナシラは今後の進路について話し込んでいるようだった。ミラクとアクベンスは料理の食材について情報交換をはじめて、みんな楽しそうだった。


 ふと不思議に思った。

 もうすぐこの世界に生まれて一年が経とうとしている。最初は人生のやり直しに絶望していたが、あの時の気持ちが信じられないくらい毎日が充実している。よく考えてみると、この世界で会った人たちはみんな良い人たちばかりだ。私の知らないところで悪意を見せることがあるのかもしれないが、今のところ、誰一人としてそんな素振りを私には見せない。

 もうひとつ不思議なのは、子どもの精神年齢の高さだ。私と同じ時に生まれたアルドラとクラズは、私のような大人であった時の記憶を持っていないにも関わらず、まるで人との付き合い方を最初から知っているかのようにみえる。駄々をこねたり、仲間外れにしたり、好き嫌いを言ったり、そういう子どもらしい幼さがまるで無い。あたかも体だけが子供で、精神は自分と同じ大人なのではないかと錯覚してしまう時がある。私と同様、この世界が初心者だから、まわりから教えてもらっていて、体も未成熟だから助けてもらっているだけのように見えるのだ。


 しかし、そのことについて答えてくれる人はいないし、みんなはこれがこの世界の常識だと認識しているので、私はその疑問を心に秘めて厨房へ向かった。

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