第15話 おにぎり
収穫祭が終わり、再びアンバに行くと聞いて、今回も同行したいと手をあげた。今度はワカメや海苔を扱っているお店があるか探して、もしあったら買うんだとひとり密かに意気込んだ。
「わたしは今回はやりたいことがあるから残るわ」
そうアルドラは断って、クラズもやはり今回も行かないと首を振ったので、今回はルクバトとナシラと三人で行くことになった。
数日後に、前回同行してくれた三人も、また一緒に来てくれることになったと聞いてホッとした。いざとなっても私は荷車を引くこともままならないので、成人の人が多いと安心する。
アンバの町には前回同様、夕方に到着した。そして翌朝から得意先をまわり、昼食後に自由行動となった。
「エルライはなんだか楽しそうだね」
ナシラが私の顔を見て指摘してきた。
「買いたいものがあるんだ」
「どんなもの?」
「海産物の乾物」
「ああ、それならあっちで探すといいかも」
手を引っ張って海産物関連のお店が集まっている通りに連れて行ってくれた。そこは潮の香りを彷彿させる独特な匂いが漂っていて、期待が高まった。海産物といっても、基本は乾燥させたものがほとんどで、たまに生の貝を木の桶に水を張って売っているお店があるくらいだ。
「ここならあるんじゃないかな?」
「ありそう……。ナシラ、ありがとう!」
私は嬉々として探しはじめた。
しかし、いざお店を覗いてみると、カゴに盛ったエビや魚の干物は様々な種類が売られているけど、乾燥ワカメらしきものはなかなか見当たらない。覗き込んでは見つけられず肩を落としていると
「どんなのを探してるの?」
ナシラが首を傾げて聞いてきた。私はこのままだと見つけられないかもと、欲しいものを伝えた。
「乾燥したワカメを……」
「ワカメ?って何?」
「えーと、前にここの夕食に出たスープに入ってた緑っぽい海藻みたいな……?」
「ああ、あれね」
そう言うと、ナシラはこっちじゃないかなと、通りを進んでいった。
「前にミラクが欲しいって言って、買いに行ったことがあるんだ」
「最初からナシラに聞けばよかった……」
まあまあと言いながら、ナシラが案内してくれたお店は、エビの乾物が前面にずらりと並べていた。そして、奥に黒っぽい山がいくつか見える。それは乾燥した海藻で、数種類を取り扱っているようだった。
おおっと思って見せてもらうと、その中のひとつが乾燥ワカメに似ていた。
「これかも」
そうひとつのカゴを指すと
「一度水で戻して形や味を確認してみる?」
そう店主が提案してくれたので、お願いをして水で戻して食べてみた。おかげでそれがワカメだと確信が持てたので、購入を決めた。
「ここにある海藻は個々に名前はないんですか?」
「地域によっては細かく分類して呼んでるところもあるみたいだけど、この辺りではまとめて海藻って呼んでるわ」
店主の回答に、だからワカメが通じないのかと納得して、ついでにと海苔を探したが、こちらは見つからなかった。四角い海藻という説明に、乾燥した板状の昆布を手にこれじゃないんだよね? と店主に言われ、もしかしたらそもそもこの世界で作られていないのかもしれないと諦めた。
「ナシラのおかげで無事に買い物ができたよ。すごく助かった。ありがとう」
「それは良かった。その海藻で一体何をするのかは楽しみにしておくね」
笑顔で返されたので、私はさすがにおにぎりなら作れると思うけど、念のため成功を祈っててと返しておいた。
「これからどうする? また工房を覗きに行く?」
「そうだね。そろそろ何処にするか決めたいしね」
そうふたりで工房のある通りへ向かった。
「候補の工房以外は見たりしないの?」
「前は気になる工房をあちこち見学してたんだけど、よく話を聞くと弟子の受け入れをしているところが候補の工房だけで……。意外と鍛治や鋳造って人気あるみたい」
一通り工房巡りが終わると、まだ夕食まで時間があるからと、ふたりで持ってきたボールで遊んだ。
*
「じゃあ始めますね」
「い、いいよ……」
バジに戻り、昼食に出すためのわかめご飯のおにぎりの試作を早速はじめた。
ミラクの知る限り、おにぎりという食べ物はないようで、葉っぱの中にお米を入れて蒸したものが近いものじゃないかと教えてくれた。
ワカメが手に入る前に、一度白米と塩だけの塩むすびもどきを作ってみせて、ミラクはただ塩で握るだけなのに味わいが変わることに驚いていた。そのため今回のワカメご飯で作るおにぎりも、とても楽しみにしている。
炊き上がったばかりの白米を少しだけ深皿に入れて、水で戻したワカメをナイフで細かく刻んで混ぜ込む。そして水と塩を手につけて三角形に握ったが、自分の手が小さくて一口サイズになってしまった。試作だし、まあいいやとお皿に乗せてみせた。
「ちょっと小さいですが、こんな感じです……」
「な、なるほど……。た、食べてみていい?」
「もうひとつ握るので、ちょっと待ってください」
急いで追加で握って、綺麗に握れたほうをミラクに差し出した。
ふたりで同時に食べると、顔を見合わせた。
「お、美味しいけど、そ、外側だけじゃなく、ご飯自体にも塩味があった方がいいかも」
「そうですね。ワカメと塩をご飯に混ぜ込みましょう」
深皿に残ってるワカメご飯に直接塩を少しずつ加えて、味をみた。
「これくらいでどうですか?」
「う、うん、いいね。こ、これで握ってみようか」
今度はミラクも見よう見まねで握ってくれた。出来上がったおにぎりを食べると、先ほどより自分の知っているものに近づいた。ただこれ以上は何を足せばいいか分からなくて、ミラクの反応を待った。
「し、塩だけのも良かったけど、こ、これも美味しいね。やっぱりこの形は片手でも食べやすいし、て、手軽に持ち運べるのがいいね」
海藻はスープに入れるのが一般的だから、これは発見だよと喜んだ。少し味が物足りない感じもするけど、ミラクに喜んで貰えたし、これならナシラ達に出しても食べてくれるだろうと安心した。
「じ、じゃあこの味で、ち、昼食分を握ろうか」
「あの、私の手だと小さくしか握れないから、成人の皆さんの分はこれくらいの大きさで握ってもらえませんか?」
大きさを手振りで見せながらミラクにお願いして、私は子ども達の分を握った。せっかくなので、塩むすびも用意してみた。
「こ、この料理は、な、なんて呼べばいい?」
「『おにぎり』です」
「に、握るから、『おにぎり』なのかぁ……」
頭に「お」がつくのが不思議だなぁと言っていたが、「握り」だと私がお寿司を連想してしまうので、ここは馴染みのあるおにぎりで浸透させようと決めた。
昼食にはじめておにぎりを食べたみんなの反応は上々で、また作ってねと言ってもらえた。
ナシラはあの海藻でこれが作りたかったんだねと言って、私の握った小さなおにぎりをたくさん食べてくれた。
特にルクバトは農作業で忙しい時にこのおにぎりなら東屋でさっとご飯を食べられるし、葉っぱに包めば持ち運びもできるから良いと感心していた。今度手が離せない時はこれを作ってもらおうかなと呟いているのが聞こえた。
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