第14話 収穫祭2
午後は広場に面した建物の、二階のベランダで音楽隊が演奏をするらしい。それを楽しみにしている観客で、ステージ下は賑わっていた。
私たちも、できるだけ前のほうで見ようと移動している最中、ふとベランダを見上げると、準備をしている音楽隊の前に、手ぶらの人がひとり立っていた。その人は、ふんわりした橙色の髪で、華やかな刺繍がされた瑠璃色の衣装を身につけ、楽しそうにユラユラ体を揺らして、微笑みながら佇んでいる。
あんな人、誕生の祝祭の時にいたかなぁと思い出しながら、少しはぐれたみんなの背中を追いかけた。
ちょうど良い場所を見つけて、家のみんなでステージに目を向けると、タイミングよくステージ上のその人が笑顔であいさつをした。そして音楽隊に目線を送ると演奏がはじまった。
体全体でリズムをとりながら、伴奏を味わうように目を閉じて、何度か頷いてから歌い始める。
その声は高音が伸びやかで、豊穣を祝う透き通った歌声は、みんなの気持ちを惹きつける素晴らしいものだった。
みんなからワッと歓声があがると、笑顔でそれに応えた。
「ステキな歌声ね……」
アルドラがうっとりと見上げていると
「あの人は有名な歌い手らしいよ」
ナシラがルクバトから聞いたんだけどね、と教えてくれた。
「二日前に音楽隊のメンバーが働いている食堂に来たらしく、ダメ元で頼んでみたら快諾してくれたって。どうやら近々ここで収穫祭があるって、他の町で聞いて遊びに来てたみたい」
そんな急に決まったステージとは思えないくらい、完成度が高いもので驚いた。
「たっ、多分あの容姿は、そ、早春の
「え、あの有名な……? それなら一昨日音楽隊のひとりが走って家にやってきたあと、ルクバトが血相を変えて出かけたのも頷けるわ」
ミラクの言葉にシェアトは納得して拍手を送っている。どうやらかなりの有名人らしい。
「あ、もう一曲歌うみたい!」
アルドラが手を体の前で握りしめて、目を輝かせながらみんなを振り返った。
それから観客の期待に応えるように、さらに二曲披露して大歓声の中、ステージは終わった。
それから広場はさらに人が増えて、賑やかさを増していった。
私は当番も終わり、自由に見てまわっていいと言われたのだが、あまりの人の多さに途中で疲れてしまった。それなら戻って手伝いでもしようと、てくてくと荷車にむかうと、ミラクとアルドラがたくさんの人を相手に、てんてこ舞いになっているのが見えた。それを見て、私は急いで手伝いに入った。
たくさんの人が一気に押し寄せたおかげで夕方前には持っていった商品をぜんぶ売り切った。
それからは、ミラクが嬉々として色んな食材や新しい調理器具を見てまわり、シェアトに注意されながらあれこれと買い込んでいた。
荷車に買った荷物を積んで家に帰ると、今まで見たことがない大きめの鳥が、井戸近くの木にとまっているのが目に入った。
珍しいなぁと見ていると、ルクバトもその鳥に気がついて片付けの手を止めた。
「鳥の使いが来てるな。ちょっと準備してくる」
そう言うと家に入り、水を入れたお皿と菜葉や果物を持って戻ってきた。それらを与えると、その鳥は一生懸命、菜葉を食べてから、クイっと足を片方あげた。よく見るとそこには細い小さな筒がくくり付けられている。ルクバトは慎重にそれを外して、筒の中から丸まった紙を取り出した。
「シェアト、アクベンスから手紙が届いてる」
その声に片付けの手を止めてシェアトがやってきた。どうやらふたりとも知っている人のようで、受け取った手紙に目を通すとルクバトにも見せていた。
「近々ここに寄るみたい。ナシラ、ハマルも一緒に来るみたいよ」
「えっ! そうなんですか?」
ナシラは驚いたあとに、「そうかぁ、会えるのかぁ……」と嬉しそうに呟いている。
「誰がくるの?」
アルドラがルクバトに尋ねると
「ここで生まれたアクベンスとハマルというふたりが来るんだ」
「ここで生まれたって、わたしたちと同じね」
「そうだよ。アクベンスは十年以上前だけど、ハマルはナシラと同じ時に生まれた子で、今はアクベンスの助手をしてるんだ」
「それは楽しみね!」
アルドラが目を輝かせてナシラを見た。
「うん。こんなにすぐに会えると思ってなかったから、すごく楽しみだよ」
ナシラは笑顔で頷いた。
先に進路を決めて遠方に旅立ってしまったから、次に会えるのはいつになるのかと寂しさを感じながら見送ったらしい。
私は自分の知らない人達が誕生の家に来ると聞いて少し抵抗を感じたが、ナシラの笑顔を見て、それは違うなと思い直した。私がアルドラやクラズと離れて暮らし、久しぶりに会うと想像すると、それはきっと心躍る再会のはずだ。
「ここを旅立ってからの話、色々聞きたいね」
そう話を振ると、ナシラは嬉しそうに頷いた。
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