第13話 収穫祭1
収穫祭の日は朝から忙しかった。
すでに収穫物が積まれた荷車に、今朝収穫したばかりの果物や野菜も加え、農作業で汚れた体を洗い、それから急いで買ったばかりの布をシェアト達に着付けてもらった。
上下で一枚ずつ布を使い、上はゆるっと巻き付けるように着て、余った布を背中のほうに流す。下は七分丈のパンツになるように結んだり、紐を使ったりして形を整えるとちゃんとした衣装になった。
「この色、エルライにほんとうに似合っているわ」
シェアトに褒められて照れていると、クラズも終わったようで、合流してきた。
クラズは私と同じ着付けだが、青色の模様がポイントになっていて、とてもよく似合っていた。
アルドラは上下とも仕立ててもらったようだ。刺繍の入った鮮やかな赤色の布を使い、ノースリーブのシャツに、ヒダをつけたスカートのようなものをはいて、ベルトや紐で装飾をしている。仕上げにと家の近くで咲いていた花を髪に飾ると、妖精のような可愛らしい雰囲気になり、みんな笑顔になった。
「すごくよく似合ってる」
クラズとふたりで褒めると、アルドラはへへっと嬉しそうに笑った。
家のみんなも、いつもと違う衣装を着て出発した。
収穫祭は収穫した作物を販売するのがメインだが、それ以外にも発明品の発表や新曲の披露など、とにかく色々なものが集まってくるらしい。
みんなで広場まで荷車を運ぶと、荷車をそのまま売り場として利用するために収穫物を種類ごとにまとめて置いた。乗り切らない分を借りてきた箱を利用して荷車の横に並べる。
誕生の祝祭の時には二十ほどの屋台が出ていたが、今回はみんながあちこちでお店を出していて、フリーマーケットの様相を呈していた。
店舗で通常営業をしているお店もあるようだが、店舗ではなく広場で商品を並べているお店もかなりあるようだ。先日お米を持っていった食器屋の店主も広場でいそいそと準備しているのが見える。
「すごい人の数ですね」
私が驚いて、まわりを見渡していると、ミラクがワクワクと楽しそうに「し、収穫祭は他の町の人や、旅人も、た、たくさん来るからね。午後はもっと賑やかになるよ」と答えた。
白いさらりとしたシャツに、黒っぽい色の布を私と同じように七分丈のパンツに整え、瞳と同じ赤銅色の布をゆるっと体に巻き付けた格好は、長身のミラクにとてもよく似合っている。
オシャレな着こなしだなぁと見上げながら
「今回も新しい食材を買うんですか?」
「う、うん。あ、新しい野菜の種を手に入れた人たちがいるみたいでね……。そ、それの栽培に挑戦したと噂があるんだ」
見つけたら教えてね、とその野菜の特徴を教えてくれた。
「それじゃあ交代で店番をしましょう」
そう言ってシェアトは班分けをした。
私はシェアトとふたりで最初の当番となった。せっかくふたりきりになったので、先日から心配していることを思い切って聞いてみた。
「あっ、あの、この衣装って予算オーバーじゃなかったですか? よく見るとすごく良い布だったみたいで、気になって……」
シェアトは少し驚いた顔をして、それから目を細めて微笑んだ。
「エルライは色んなことに気がつくのね。でもね、衣装のことは気にしなくて良いのよ」
「え……、でも……」
「子ども達が購入する時に遠慮してしまうといけないから、大っぴらにしていないのだけど……」と、私の目線まで屈んで、小声でこっそり教えてくれた。
「この衣装はこの町からの贈り物なの。その年に孵化の森で生まれた子へのお祝いとして、町のみんなのカンパで贈られるのよ」
この町で生まれた子はそのようにお祝いされると知り、まわりを見渡した。この町のみんなから自分の誕生を祝われているのだと分かると嬉しくて、くすぐったいような幸せな気持ちになった。
「だから気にしなくていいのよ。たくさん使ってもらえるとみんなも喜ぶと思うわ。もちろん私も」
そう私の頭を優しく撫でた。
「わかりました」
大切に使おうと頷いて、こっそり事情を教えてくれたお礼をいった。
*
「こんにちは」
店番を忙しくしていると、背後から声をかけられた。振り返るとそこには白髪を短く刈りこんだスラッと背の高い若者が、ニヤッとした笑顔で立っていた。切れ長の赤い瞳はルビーのように綺麗で、迫力のある雰囲気に気圧されて後ずさっていると
「あら、もしかしてアレを買ってきてくれたの?」
シェアトが頬を赤らめて嬉しそうに尋ねた。
その人はニヤリと笑って、手に持っていた包みを軽く掲げる。
「おいくらかしら」
「今回は白米でお願いしようかな」
「じゃあこれで」
シェアトが白米の入った袋を渡し、代わりにその人から包みを受け取った。
「また手に入ったら持っていくよ」
再びこちらをニヤッと見てから、手を上げて去っていった。
その人を見送ったシェアトは、自分の財布から渡した白米分の硬貨を売上の箱に入れた。その様子を見ていた私にシェアトは嬉しそうに教えてくれた。
「前に食べてね、大ファンになったお菓子なの。普段は梱包材をあつかっているお店で、気まぐれで店主が作るお菓子だから不定期でしかお店に並ばなくて……。何度か行ったけど買えなかったから、お店の近くに住んでるあの人に頼んでおいたの」
そうウキウキと袋から取り出したのは、葉っぱに包まれた白い羊羹のようなお菓子だった。
シェアトがつまんで食べてみせると、おひとつどうぞと差し出された。一口大に切られているのを見て、どんな味なんだろうと、ひとつ指でつまんで口に放り込んだ。するとココナッツの風味が口に広がった。噛むと甘くもっちりとした食感で、今まで食べたことのないお菓子だった。
「……! これは美味しいですね!」
「そうなのよ!」
嬉しそうにもうひとつ食べようと口に放り込むシェアトを見て、だからかとひとり納得した。
シェアトがお茶の準備をする時は、必ずと言っていいほど甘いお菓子を用意してくれるし、シェアトが食事当番の時には食後のデザートがついてくる。
あれは本人が甘いものが好きだからなのだと合点がいった。
しかしあんなに見た目は怖そうな人なのに、頼まれたお菓子を買ってわざわざ持ってきてくれるなんて、実はすごくいい人なんじゃ……。
身構えてしまった自分に少し反省した。
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