第7話 治癒

「あっちでジョクスが始まるから見に行こう」


 ステージの出し物が終わるや否や、ナシラはそう私たちを誘った。ジョクスって何だろうとお互いに顔を見合わせていると、屋台やテーブルがない一角に連れていってくれた。


 ジョクスというのは競技の名前だった。

 ゴムボールをリフティングして、落とさないように隣の人にパスしていくものらしい。ボールを落とすか、五回以内に次にパス出来なかった人が輪から外れ、最後まで残った人が勝者となるルールだという。



 みんな、競技者のまわりを取り囲むように集まり、技が繰り出されると拍手と歓声が生まれた。


 ひとり抜群に上手な人がいた。

 その人がボールを胸で受けると、体にボールが吸い付いているかのように鮮やかに操って、五回目できれいな放物線を描いて次の人にパスをする。

 最初十人以上いた参加者も徐々に減っていき、ついに残りふたりだけになった。しばらくは、お互いに楽しそうにパスしあっていたが、健闘していたひとりが体勢を崩した。

 それがきっかけで、五回でパス出来ず、七回目でパスをして輪から外れると、とび抜けて上手な人がひとり残った。

 盛大な歓声の中、その人は様々な技を披露してから、手でボールを受け止めて観客に笑顔で手を振った。


「あんな上手な人、初めて見た」


 ナシラが興奮した様子で拍手をしている。

 私も感心して手を叩いていると


「家にもゴムボールあるから、今度一緒にやらない?」


とナシラが私のほうを見て、はにかみながら誘ってきた。下手で迷惑をかけるかも、という思いが頭をよぎったが


「僕、全然出来ないんだけど、一緒にやってくれるなら練習したいんだよね…。出来るとかっこいいよね」


そう笑顔で言われたら、なんだか断るのもどうかと思い、明日から一緒に練習する約束をした。



 広場での催しが終わると、買い物をする人が一気に増えた。ミラクもいつの間にかどこかに消えていて、戻ってきた時には大量の荷物を抱えていた。


 翌日以降、しばらくはミラクの実験料理となったが、これは美味しい、これはこうした方が良いのではとみんなで笑いながら意見を出しあって、それはそれで楽しい時間だった。



 *



 一ヶ月を過ぎると、子どもたちの生活のリズムが決まってきた。


 クラズは一度ルクバトに連れていってもらった釣りにはまったようだ。朝早く起きて近くの小川に釣りにいき、朝食前には戻り、午後も農作業が終わると夕食までの時間出かけていった。朝はルクバトも時々だけど釣りに参加している。


 私はクラズと同じくらいに起きて、ナシラとふたりでジョクスの練習をして、夕方は畑にいる二匹の犬と一緒に近辺を探検したりして遊んだ。


 以前からこのあたりに棲みついている犬のようで、どちらも短毛の少し大きめの犬だ。

 一匹は老犬なのか動作がゆったりしているが穏やかな性格で、片方の耳が折れているのが特徴的だ。時々誇らしげに立派な枝を咥えてやってくるから、頭や体を撫でて褒めてあげると尻尾を千切れんばかりに振って喜ぶ。

 もう一匹はまだ若いのか、基本的に走り回っている。私が来ると拾ったのか貰ったのかした野球ボールくらいのゴムボールを咥えて持ってくる。投げるように足元に置くので、ボールを投げてあげると、本当に楽しそうに取ってくる。


 でも名前はつけていない。ペットでもないし、他の人に聞いても名前は無いと言っていたので、私が名前をつけるのは違う気がしたからだ。


 アルドラは朝はギリギリまで寝ていたいようで、いつも水汲みなどの音で起きてくる。夕方は気分でクラズの釣りについていったり、ルクバトの楽器練習を眺めたり、私と一緒に犬と遊んだりした。



 そんな生活をしていたある日、シェアトから子ども達に明日の午後は教えたいことがあるから、昼食後に食堂に残るようにと言われた。


 翌日、言われたとおり待っていると、片付けを終えたシェアトとルクバトが戻ってきて、ふたりで並んで子ども達の前に座った。


「これから、あなた達に治癒の方法を伝えます。この技術は必ずみんなが覚えるものなので、しっかり聞いて練習してちょうだいね」


 そうシェアトが説明すると、ルクバトがナイフで自分の指先をサッと切った。


「この技術は自分以外にしか使えないので、ルクバトに協力して貰ってるわ。まずは見てもらったほうが早いから……」


 そう言ってルクバトの血が滲み出した指先を、シェアトが両手で包んだ。何か念じるように目を閉じると、フワッと手の隙間から柔らかな光が一瞬こぼれて消えた。そして手を開き、ルクバトが指先の血をぬぐうと、傷が消えていた。


「すごい……!」


 アルドラが身を乗り出して歓声をあげた。私は手品でも見せられているような気分で、何度もまばたきをした。


 ──これって魔法……?


 もしかしてこの世界には魔法があるのだろうかと思ったら、気になって質問してしまった。


「こういう技術って、他にもあるんですか?」


 うーん、と考えたあとに首を振った。


「私はこの治癒の技術しか知らないし、扱ったこともないわ。孵化の森で誕生したら必ず教えられるのがこの治癒の方法で、それ以外は知らないわね」

「そうですか……」


 ちょっと残念な気もするけど、治癒魔法だけでも十分すごいからいいやと気を取り直して話を聞いた。


 やり方を聞くと、あまりにも抽象的なのでできるのか不安だったけど、自分の中にその方法が埋め込まれているような感覚があり、シェアトを実験台に試してみたら一度で成功した。

 アルドラとクラズも一度で成功したので、すぐに解散となった。


 それから私たちは、葉っぱで切った傷や釣り針で刺した傷など、ちょっとした傷をお互いに治癒しあい、感覚を掴むようにした。

 話を聞いたところ、どうやら傷ついた内臓の修復もできるらしい。さすがにそんな大怪我をすることは滅多にないだろうけど、知識として覚えておくようにと言われた。

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