第6話 姿

「お披露目まで、もう少し時間があるから遊んできていいわよ」


 みんな食べ終わってテーブルでまったりしていると、シェアトからそう声をかけられ、子ども三人で席を立った。そして、どこを見に行こうかとテーブルから離れると、アルドラが緊張で青ざめた私に小声で話しかけてきた。


「最初にステージを見たときからずっと顔色が良くないけど、どこか痛いの?」

「大丈夫。ただ、みんなの前に出るのが緊張するというか……」

「どうして緊張するの?」


 不思議そうに聞くアルドラに、言うつもりの無い心の声が口からこぼれてしまった。


「綺麗な人ばかりだから……」


 町の中心部に入ってから絶望したのは、ここで暮らす人達の容姿だ。みんなタイプは違うが、誰も彼もが若く魅力的な容姿をしている。


 平凡な自分が、そんな人たちの前に立たなければならないと思うと、今すぐにでも逃げ出したい。


 ポツリとこぼしてしまった言葉を拾ったアルドラは少し考えてから、あっと思い出したように私の手をとった。そして、さっきひとりで見ていた服屋に、私を引っ張っていくと、店内の片隅にある鏡の前に私を立たせた。


「大丈夫だよ! エルライもステキだよ!」


 鏡越しに、私のうしろから顔を出したアルドラは、屈託のない笑顔でそう言った。



 私はこの世界で生まれてから、今まで一度も見ることがなかった自分の容姿を見て驚いた。

 それは冴えない生前の姿でも、自分の子どもの頃の姿でもなかった。

 こんな見た目だったら人生違ったんだろうな、と思ったことのある人の、幼少期をどこか彷彿とさせる姿だった。しかも美しい淡い紫色の髪にキラキラと光る金色の瞳をしているため、さらに神秘的な雰囲気を醸しだしている。


「これが私……?」


 信じられない思いで、少し曇っている鏡の中の自分を上から下まで見た。

 なぜ、こんな姿になっているのかは分からない。でも自分だけが醜く、みんなの笑いものになるのではないかという不安は消えていった。お披露目の舞台を処刑台のように感じていたので、心から安堵した。


「ね、エルライもステキだよね?」


 アルドラがクラズに問いかけると、クラズもコクリと頷いた。


「アルドラ、クラズ、ありがとう……」


 安心とふたりの優しさに泣きそうな気分になりながら、ふたりにお礼を言った。



 以前の私は相手が言うことの底意ばかりを探って、あいまいな会話ばかりしていた。

 でも、この体になってからは、不思議と言葉の裏を読もうとせず、感情もストレートに表現できるのだ。意思に反しているわけでもなく、ただ純粋に言葉があふれる。それに対し、嫌な感じがなかったので、その変化に抗わず、素直に受け入れることにしている。



 それから三人で、まだ見ていないお店をまわり、広場へと戻った。

 広場には屋台の料理を食べている人や、ステージの前のほうを陣取って話している人など、先程より多くの人で賑わっている。


 ステージの脇にいたシェアトが、私たちに気づき手招きをした。近づいていくと、そこには成人のお披露目に出ると思われる数人もソワソワと待っていた。


「もうしばらくしたらお披露目が始まるから、ここで座って待っててね」


 そう木箱に座るように勧めた。

 私たちはその箱に座ってまわりを眺めていると、ステージの反対側から、楽器を持った人達が出てきた。その中にはギターより小さな弦楽器を片手に持ったルクバトもいる。三人で手を振ると、ルクバトはすぐに気づき、私たちに歯を見せてニカっと笑ってみせた。そして、演奏の準備をはじめると、ステージを前で見ようと人がさらに集まってきた。



 音楽隊の人達が目配せをして、ゆったりとした音楽を奏ではじめる。すると、人混みの中から淡い緑色の髪の人物が、ステージに上がってきた。そして、真ん中で立ち止まり、ゆったりと紐で結った長い髪を翻して、観客のほうを振り返った。その人は演奏が終わるのを待って、笑顔で話しはじめた。


「今年新たに誕生した子達と、今年成人を迎える皆を紹介します。まずは誕生した子ども達、どうぞ」


 そうして呼び込まれ、私たちはシェアトと一緒にステージに上がった。そしてシェアトから今年誕生した子ども達だとひとりづつ紹介され「よろしくお願いします」と言うと、観客から拍手がおこった。

 ステージからは、ナシラとミラクが笑顔でこちらに手を振っているのが見えた。



 拍子抜けするほどあっさりと三人のお披露目は終わり、ステージから降りてみんなと合流すると


「顔色が良くなかったから心配してたんだけど、もうすっかり良くなったみたいで安心したよ」


ナシラが安堵した表情で声をかけてきたので、アルドラとクラズのおかげだと答えた。

 みんなが自分のことを気にかけ、心配してくれることに、また涙が出そうになり、言葉にならない嬉しさがこみ上げた。



 続いて行われた成人のお披露目では、現在どこの工房に所属しているかなどを自ら紹介していた。十五歳が成人だと聞いていたが、自分の知っている十五歳よりも、ずいぶんと大人びて見える。

 そして、それぞれの自己紹介を聞いて、他の町や村から移住してきた人が多いことを知った。


 成人のお披露目が終わると、音楽隊による演奏が続いた。先程までのゆったりとした演奏からうってかわり、弾むようなリズムの太鼓の音から陽気な曲調にかわる。ポロリと爪弾いていた弦楽器も和音でかき鳴らされ、笛の高らかな音につられ、観客から手拍子が起きた。

 曲の途中からは、鮮やかな布を巻き付けた三人が出てきた。音楽にあわせてフワリと布を舞わせながら踊るのを、家のみんなと歓声を上げながら観た。

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