第8話 初めての町の外
サトウキビの収穫をほとんど終えたある日の夕食後、ルクバトがそういえばと聞いてきた。
「三月下旬に隣町のアンバに行商に行くけど、みんなも一緒に行くか?」
「わたし行きたい!」
「僕はいいや」
アルドラは元気よく参加を表明し、クラズはふるふると首を振った。みんなで行くものだと思っていたアルドラはクラズの不参加に驚いた。
「魚釣り?」
「それもあるけど、森の中の木にサナギを見つけたから、それを観察したくて……」
「そっか。じゃあ仕方ないわね」
クラズの回答にアルドラは納得して「エルライは?」と聞いてきた。
「私も行きたいです」
バジ以外に町があるというのも気になるし、遠足みたいで楽しそうだなと思ったからだ。
「ところで……」
私は今の会話で疑問に思ったことを質問した。
「行くのが三月下旬って話でしたが、今日って何日ですか?」
「そういえば、まだ暦について話してなかったか」
ルクバトが思い出したように頷いて、よく気がついたと私の頭をポンポンと撫でて、椅子から立ち上がった。そして、食堂の棚の引き出しに入っている、木の板を取り出して、私たちの前に置いた。
板には上部に月の絵が並んでいて、満月から新月、新月から満月に移りかわる様子が描かれている。その月の絵の下に、それぞれ一から三十までの数字がふられている。
そして一本線が引かれた下には何月にどんな農作業を行うのかが、ざっくりと書かれていた。
「ひと月が三十日で、月の満ち欠けで判断しているんだ」
「どの月も三十日なんですか?」
「そう、十二ヶ月どの月も三十日で、月の満ち欠けも三十日周期なんだ。今日はこの月の形だから十二日だ」
そう言って、十二の数字が書かれている月の形を指差した。
「曇ったり雨が続くと月が見えないから、もし正確な日にちが知りたくなったら町の広場に行くんだ。そこに今日の日付が掲げられているから、それで確認できる」
さすがにそこまで確認しに行ったことはないけど、とルクバトが言った。
月については、孵化の森で子ども達が生まれるタイミングがちょうど一月一日らしい。大昔はそこから数えていったらしいが、さすがに今はそれで数えることはないとのことだった。
人が生まれるのが一月一日で、毎月きっちり三十日なんて、ずいぶんと人為的だなぁと内心、
*
行商に出かける日は、朝早くから準備をはじめた。荷車に荷物を積みこみ、数日宿泊できる荷物とミラクが準備してくれた携帯食を持ち、家を出た。ルクバト、ナシラ、アルドラと私以外に、数人が一緒に行くからと川沿いの道まで出ると、すでに同行する三人が待っていた。
ルクバトが手を振ると、三人もこちらに気付いて手を上げた。
三人のうち、ふたりは知った顔だった。いつもサトウキビを運び入れている砂糖工房の職人だ。
ふたりは、もたれかかっていた荷車から離れ、私たちの方にやってくると
「おはよう。これからしばらくよろしくね」
「……おはよう」
そう笑顔であいさつをした。
そのあいさつに続くように、もうひとり
「おはようございます!」
軽装の若者に、ルクバトが「ありがとな」とニカッと笑いかけながら、紹介をはじめた。
「こちらのふたりはみんな会ったことあるだろ?」
「ええ、砂糖工房のスハイルとマルケブでしょ?」
アルドラはすでにふたりの名前を知っていた。私は顔しか知らなかったので、自己紹介をしてあいさつをする。
背負子のもうひとりも何処かで見たような顔だったので何処で会ったんだろうと思い出していると、ルクバトがその人の肩に手を置いた。
「こちらはアルゴ。音楽隊仲間で、この前のステージでも一緒に演奏しているよ」
「初めまして、アルゴです。音楽隊ではルクバトにとてもお世話になっています。しばらくの間よろしくお願いします」
ものすごく丁寧にあいさつをしてくれて、私たちもなんとなく背筋を伸ばして、あいさつをした。
「こんなにも大人数で行動するのは、道中、物盗りが出たりするんですか?」
私が心配して尋ねると、ルクバトは少し驚いた様子で否定した。
どうやら、子どもばかりなので、重たい荷物を運ぶのに大変だろうと集まってくれたらしい。
ちなみに物盗りなんて物騒なことはないから安心してと言われ、むしろそんな言葉をどこで覚えたんだと笑われた。
これから向かうアンバは川の下流にあり、バジの町より少し大きく、海も比較的近いという。そのため、干したものだが、海産物も売っているらしい。
また、バジの横を流れる川とは別の川の上流から鉱物が運ばれてくるらしく、金属加工の工房もいくつかあるとルクバトは説明した。
午前中は初めての遠出で興奮していたのもあり、足取りも軽かったが、早起きしたのと昼食を食べたことで、午後の出発からしばらくすると眠気に襲われた。横を見ると、アルドラも同じようにトロンと半目になっている。
その様子を見たナシラがルクバトに相談して、アルドラと私は荷台に乗せてもらえることになった。
ガタゴトした揺れと暖かな日差しが後押しして、あっという間に眠りについた。
少しすると自然と目が覚めて、まわりを見たが、先程とあまり変わらないのどかな風景が続いていた。この辺りは人が住んでいないのか、川の両岸は草むらが広がっていて、遠くに森が見えるだけだった。
休憩の時間になり荷台から降りると、お茶の準備をしているナシラを手伝った。
「もうあと二時間くらい歩いたら、今日泊まる集落があるからね」
手分けして黒糖とお茶を配っていると、スハイルがそう教えてくれた。ここから先はがんばって歩きますと意気込みを伝えると、がんばれとお茶を受け取りながら笑顔で応援された。
教えてもらった通り、二時間くらい歩いたところに木造の建物が数軒あった。この集落のほとんどが私たちのようなバジとアンバの間を行き来する行商人や旅人を泊めるための宿のようだ。
「今回の支払いは砂糖と硬貨、どちらがいいかな」
「砂糖の在庫がだいぶ少なくなってきたから、今回は砂糖を貰おうかな」
「わかった。じゃあ今回は大部屋をお願いしたいから、これくらいでどうかな?」
「ああ、それで十分だよ。夕飯と明日の朝食もここで良いんだろ?」
「ああ」
この宿の常連だというルクバトは、店主と慣れた様子でやり取りをして、誕生の家の寝室のような大部屋を案内してもらった。
夕食を終えてくつろいでいると、明日も出発が早いと言われ、今日のこともあり、私たちは早々にベッドにむかった。
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