第243話 怒り

 

「陛下、私は役目を終えたので、あの場から戻って来たのです」

「役目を終えた!? 一体どういうことだ!?」

「もう大穴はありません」

「なに!? そ、そんなことがあるわけ……」


 言っている意味が理解出来ないというような困惑した顔でアシェルーダ王は私たちを見回した。


「一体なんなのだ……そなたたちはなんなのだ!!」

「私の娘が大穴を閉じてくれたのですよ。結界ではなく、完全に閉じた。聖女でもない魔石精製師の娘がね」

「そんな馬鹿なことが……」


 茫然とし、王座へと座り込んだアシェルーダ王は意味が分からないといった顔のままだ。


「一体なんの話なのかは存じませんが、そもそも王への面会をこのように申請もなく会いにやって来るこの者たちは不敬罪でしょう。陛下、捕えてしまえば良いのです!」


 ランガスタ公爵は下卑た笑いで言った。


「この場にいることに不快にはなるが、この小賢しい小物を一緒に始末するにはちょうど良かったのかもな」


 オルフィウス王はニヤリと笑いランガスタ公爵を見た。ランガスタ公爵はその視線にじりっと後退る。


「お前は……」


 そうオルフィウス王がランガスタ公爵に向かい話し出そうとした瞬間、バーンッ!! と、背後で扉が開き、全員がビクッとし振り向いた。


「間に合ったか!?」


 そこにはガルヴィオ王が!?


「父上!?」


 ヴァドが目を見開き、声を上げる。私たちもそれは同様だ。ガルヴィオ王はニッと笑いスタスタとオルフィウス王の横まで来た。アシェルーダ王もランガスタ公爵も、最早頭が混乱しているようだ。茫然とそれを見ているだけだった。


「タイミングが良いんだか、悪いんだか」


 オルフィウス王は苦笑し、ガルヴィオ王を見た。


「いやぁ、すまない。お前たちがアシェルーダへ向かったと知らせを受け、慌てて神殿経由で転移してきた。アッハッハ」


「ち、父上!! こんなところまで来て良いのか!? 国は!?」


 ヴァドが慌ててガルヴィオ王に詰め寄ると、ガルヴィオ王は笑いながら言う。


「国はラオセンに任せて来たから大丈夫だろ。それよりせっかく私も調べていたのに、こんな面白いことに参加出来ないとかもったいないし」

「は?」


 あまりの軽い感じにヴァドが変な声を上げていた。あ、ハハ……面白いことって……なんだか張り詰めていた空気が一気に緩んだ。


「そもそも聖女についてとアシェルーダについてはラフィージアとガルヴィオとで協力して調べていたんだよ。それなのに私だけ仲間外れはよくないだろう?」


 そう言いニヤッと笑ったガルヴィオ王はアシェルーダ王を見た。それに釣られるように全員の視線がアシェルーダ王へと向けられる。


「さ、さっきからなんの話をしているのだ!? ガルヴィオとはどういうことだ!!」

「あー、すまないね。自己紹介が遅れた。私はガルヴィオの王ジルアスだ。ちなみにそっちの男は息子ね。一国の王なのだから他国の王の顔くらい覚えておいたほうが良いと思うがね」

「それは同感だな。私の顔も知らなかったようだしな」

「あらま、アシェルーダ王ってなにしてる人? いくら普段会うこともなく、連絡は書簡のみだったにしろ酷くない?」


 あからさまに馬鹿にしたような発言を繰り返している二人の王に苦笑してしまう。そんな二人にアシェルーダ王は怒り心頭と言った顔だが、そもそも他国の王の顔を知らなかったという失態のため、眉間に皺を寄せながら拳を握り締めている。


「そ、それで、ラフィージア王とガルヴィオ王がお二人も揃ってなんの用なのです」


 拳を握り締めながら、怯えるように言葉にしたアシェルーダ王。なんだか、こんな人に私たちは振り回されてきたのかと情けなくなってしまう。


「用があるのは我々ではないよね。私たちはただの付き添い?」


 そう言いながらジルアス王はこちらに振り向いた。お母様とお父様は私の手を握り、一歩前へと踏み出す。


「先程も申しましたが、もう大穴は閉じたのです。私の娘のおかげで。だから私たちは領地へと帰ります。領地を返していただきたい」


 お父様は真っ直ぐにアシェルーダ王を見据えた。ジルアス王の登場のおかげでなんの話をしていたかうっかり忘れそうになったけれど、そうよ、私たちのやるべきことは終わった。だから私たちは領地に帰りたい。


「あの領地はもう私のものだぞ!!」


 ジルアス王の登場で唖然としていたランガスタ公爵が再び叫んだ。そんなランガスタ公爵をオルフィウス王は冷たい視線で睨み、ジルアス王は鼻で笑った。


「ハハ、ランガスタ公爵だっけ? あんたの領地ねぇ。なにもしていないのに?」


 鼻で笑ったジルアス王は、今度はオルフィウス王同様、冷たい目となった。


「ランガスタ公爵、あんたのことを色々調べさせてもらったが、まともに領地を治めることもしていない上に、なにやら怪しい密売をしているな?」

「な、なにを根拠に!?」

「根拠ねぇ」


 ジルアス王はなぜかチラリとオキを見た。オキは我関せずといった顔だったが、なにかを察したのか「あぁ」といった顔をした。な、なんなのかしら……オキの裏稼業となにか関係している?


「ま、それは逃れられないと思うぞ? 逃げられるものなら逃げてみろ」


 挑発するように黒い笑みを浮かべたジルアス王。その姿に「ひっ」と声を上げたランガスタ公爵は逃げるように走り去って行った。


「あ、逃げた!」


 ディノが叫んだが、ジルアス王は手をひらひらさせた。


「あんな小物放っておけ。どうせもう遅い」


 ニヤッと黒い笑みを浮かべたままのジルアス王に私たちはたじろぎつつも苦笑した。


「で、ローグ家へ爵位を返すのか?」


 ジルアス王は再びアシェルーダ王へと向き直り聞いた。オルフィウス王も同様に睨む。私はお母様とお父様の手をぎゅっと握り締める。それに応えるように二人も握り返してくれた。


「い、今さらもう必要ないだろう!! 聖女の役目が終わったのならもうローグ家も必要ないのだ!! 領地などいらないだろう!!」


 アシェルーダ王の言葉にプツンとなにかが切れた気がした。


「必要ない?」


 お母様とお父様の手から離れ、私は一歩踏み出した。オルフィウス王とジルアス王の横へと並ぶ。


「聖女の家系だからと爵位を与え監視し、何百年もたったひとりの聖女で結界を守護させ、そしてようやく大穴が閉じ、役目を終えたといったら、もう必要ない?」


 怒りに震えた。


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