第211話 魔物を殺す覚悟
「ひっ」
一瞬悲鳴を上げそうになったが、必死に堪える。しかしあまりの恐怖に思わず目を瞑り、ルギニアスの首元に力の限りしがみ付いてしまう。冷たい風が物凄い風圧で髪が激しく靡く。
「大丈夫か?」
耳元でルギニアスの声が聞こえ、その声に安心しそっと目を開ける。目の前にルギニアスの横顔が。一瞬ドキリとするが、ルギニアスの鋭い視線にハッと我に返り、ルギニアスの視線の先に目をやった。
飛行船から飛び降りたあと、そのまま飛行船の下から見上げるように魔物を見ていたルギニアス。飛行船からは今もなお炎弾とイーザンの雷撃が放たれている。そしてゼスは素早い動きで炎と爪で攻撃を仕掛けている。しかし、魔物はダメージを負っているようには見えない。
魔物は大きく咆哮を上げたかと思うと、三つの頭部をゼスに向けた。そして大きく口を開き激しい炎を噴き出す。ゼスはそれを見た瞬間、急旋回し避ける。
しかしそれを見た魔物は一つの頭部はゼスに向かったまま、二つの頭部は飛行船へと顔を向けた。
「!! ルギニアス!!」
飛行船へ向かって二つの頭部は炎を浴びせる。
その動きを予想していたのか、ルギニアスは右手を掲げたかと思うと、炎と飛行船の間に障壁結界を発動させた。あ、これ、以前ドラゴンと戦ったときに発動していた障壁結界と同じだわ。炎が吸収されていく。
魔物は突然現れた障壁結界に驚き、さらにはその炎が吸収されていく様子に驚き動きを止めた。そして辺りをきょろきょろと見回し、ルギニアスの存在に気付く。
ルギニアスは私を抱えたまま足を踏み出し、魔物の正面まで移動した。
それは飛行船と魔物の間。イーザン、ヴァドの叫ぶ声が聞こえる。なにを言っているのかは届かないけれど、きっと心配してくれているのだろう、ということは分かる。
飛行船からの攻撃は止み、ゼスも驚いた様子で上空を旋回し、こちらの様子を探っているようだ。
間近で見るとなおさら大きく恐ろしい姿。思わずルギニアスにしがみ付く手に力が籠る。それに気付いたのか、ルギニアスの私を抱える手にも力が籠ったのが分かった。
「大丈夫だ」
そう呟いたルギニアスにホッとする。魔物に対しての恐怖がそれだけで薄れていく。しかし、それだけでなく、ルギニアスが魔物と戦うということに対し、もう覚悟を決めているということを感じた。
そんなルギニアスの傍にいると決めた。足手纏いになるのは分かっていても、ひとりにはしたくなかった。
『グルゥゥゥゥアアア!!!!』
魔物は咆哮を上げる。空気がビリビリと震えるようだ。耳が痛くなりそうで思わず顔を背けるが、ルギニアスはその咆哮を掻き消すかのように、右手を掲げたかと思うと大きく振り下ろした。
ゴォォォ!! と、激しい音を上げながら、その手からは風が走り咆哮を掻き消す。激しい風圧が襲い、魔物は頭部を仰け反らせていた。
ルギニアスはさらに手を振り上げ、風の刃を飛ばした。目に見えぬ刃に魔物の身体は斬り裂かれる。次から次へと襲い来る刃に魔物の動きが止まった。
しかし、身体のあちこちを斬り裂かれ、怒りが頂点に達したのか魔物は斬り裂かれることを厭わないように、再び咆哮を上げたかと思うと、こちらに向かい突進してくる。
ルギニアスが小さく溜め息を吐いたのが分かった。そして、再び手を掲げると大きく障壁結界を発動させ魔物の突進を弾き飛ばす。しかし、それを気にするでもない様子で激しく爪を振り下ろす。
障壁結界はそんな攻撃に少しも揺らぐことなく光り輝いたままだ。魔物が炎を噴き出そうが、爪で斬り裂こうが、一切揺らぐことのない障壁結界に苛立ちを覚えだしたのか、狂ったように頭部を振り回し始めた。激しく振り回す頭部からは炎が四方八方に噴き出し、障壁結界に頭部を打ち付けようが、気にする様子もなくひたすら振り回している。
ゼスは上空でそれを眺め、飛行船に乗るイーザンたちも怪訝な様子で見守っている。魔物は自身で打ち付けた頭部から血が飛び散っていた。
「魔界に帰してあげられないのかな……」
「は?」
無意識に口に出ていたらしい。ルギニアスが怪訝な顔でこちらを見た。
「あ、いや、その……あの魔物だって、来たくて来た訳じゃないんだろうな、と思うと……帰してあげられないのかな、って思っちゃって……」
それに……魔物を帰すことが出来たら……殺さずに済む……。
「…………」
大穴がどこにあるかも分からない。この魔物が大人しく従うとも思えない。だからそんなことは皆に負担を掛けるだけだ。分かってる……。
「ごめん、なんでもない。気にしないで」
ルギニアスが魔物を殺す。そのことをルギニアスは覚悟を決めていた。それをひとりで背負わせたくないと私も決めたじゃない。だから私が迷っちゃ駄目よ。
ルギニアスは私の目を真っ直ぐ見詰め、そして魔物に向き直った。ひたすら暴れる魔物の前に張り巡らせた障壁結界を消失させると、突然消えた障壁結界に驚いた魔物が一瞬動きを止めた。
その瞬間……流れる星のように閃光が走り、魔物の身体を貫いた。
********
☆更新のお知らせ
申し訳ありませんが、土日祝以外にGW中は更新をお休みします。
よろしくお願いします。
次回、4月30日更新予定です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます