第210話 ルギニアスの傍に
ルギニアスが呟いた言葉に残った私たちは振り向いた。
「あれでは駄目ってどういうこと?」
ルギニアスは真っ直ぐ魔物を見詰めたまま、言いにくそうに言葉を絞り出していた。
「魔物は魔力が人間よりも遥かに高い……戦っているときは魔力が常に体内を巡っている。だから少々の魔法攻撃ではダメージを負わない……」
「えっ、じゃ、じゃあどうしたら……」
ルギニアスを見詰めるが、その答えをルギニアスに聞いても良いのか分からなくなる。言い辛いことを聞いているのではないかと不安になる。そんなことを思っていることに気付いたのか、ルギニアスは真っ直ぐに私の目を見詰め、頭にポンと手を置いた。
そして覚悟を決めたような強い瞳を向けたかと思うと、すっと視線を外し再び魔物を見て呟いた。
「俺が行く」
「!?」
ルギニアスの手が私の頭から離れる。
「だ、駄目!!」
飛行船の扉へ向かおうとしたルギニアスの腕を掴んで止めた。ルギニアスは驚いた顔をし、立ち止まった。ディノとリラーナも不安そうな顔でこちらを見ていた。
「あの……その……」
なんて言ったら良いのか分からない。行って欲しくない。ルギニアスに魔物を殺させたくない。でもこのままではゼスが死んでしまうかもしれない……どうしたらいいの……。
「大丈夫だ」
ルギニアスは再び私の頭にポンと手を置き、フッと笑った。その顔がなんだかとても優しい顔に見えて涙が出そうになった。
このまま行かせて良いんだろうか……ルギニアスひとりに負わせて良いんだろうか……。
「ル、ルーサ……」
リラーナの心配そうな声。外ではゼスが戦っている。イーザンも船員たちも必死に戦っているのよ……早くしないといけないのは分かっているのに……。このままルギニアスをひとりで魔物のところに行かせたくないと思ってしまう……。
「わ……」
「?」
私の頭に手を乗せるルギニアスの手首をぎゅっと掴んだ。
「私も連れて行って!!」
「「「!?」」」
「ちょ、ちょっとルーサ!! なに言ってんのよ!?」
リラーナが慌てて私の腕を掴んだ。ディノもオキもさすがに驚愕の顔をしている。でも私は……。
「私はルギニアスの傍にいたい」
真っ直ぐにルギニアスを見詰めた。ルギニアスは一瞬驚いた顔をしたが、私の目を真っ直ぐに見詰め逸らさなかった。
「私が傍にいることで、ルギニアスの負担になることも分かってるし、足手纏いになることも分かってる……でも……私はルギニアスをひとりで行かせたくない。いつでも、どこでも、ずっとルギニアスの傍にいるって決めたから!!」
ルギニアスの手を両手でしっかりと握る。
「お願い、私も連れて行って」
「ルーサ!!」
リラーナが私の腕を掴んだまま泣きそうな顔をしている。ごめん、リラーナ。皆に心配をかけても、ルギニアスの負担になっても……私は……。
「分かった」
小さく溜め息を吐いたルギニアスが、私の手をぐっと握り返した。
「ちょ、ちょっと! ルギニアスまで!」
リラーナはルギニアスにも詰め寄る。しかし、ディノはそんなリラーナを止めてくれた。リラーナの肩を掴み、後ろに引くと、ディノはルギニアスを真っ直ぐに見詰めた。
「大丈夫なんだな?」
「あぁ」
ディノにそう問われ、ルギニアスはディノと目を合わせはっきりと答えた。
「じゃあ、気を付けて行って来い!」
ニッと笑ったディノは私の背をバシッと叩いた。
「痛い……」
「アハハ」
「ちょ、ちょっとディノまで!!」
相変わらずリラーナは不安そうなまま、ディノに宥められ、そしてオキもやれやれといった顔で同様にリラーナを宥めてくれていた。
「ルギニアス!! 絶対ルーサを守ってね!!」
リラーナはディノとオキに捕まりながらも、ルギニアスに向かって叫んだ。その姿に笑ってしまう。しかし、本当に心から心配してくれていることが分かる。
「ありがとう、リラーナ! 私は大丈夫だから」
親指をグッと突き立て笑って見せた。リラーナはそんな私の姿に唖然とし、そして笑った。
「行くぞ」
「うん!」
ルギニアスは私の手を取り、飛行船の扉へと向かった。そして私を左腕に座らせるように抱え上げる。私はルギニアスの首元にしがみ付いた。
飛行船の扉は開かれ大きく風が吹きすさぶ。ルギニアスの長い髪が激しく揺らぎ、私は風圧に思わず目を瞑る。
「絶対に手を離すなよ?」
「うん」
ルギニアスは扉から足を踏み出した。
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