第208話 魔物の証

 船長の出航合図と共に、船員が魔石らしきところに手を触れた。操縦桿の横、台座らしきところへ埋め込まれた魔石。あれは私が精製した魔石のようだ。巨大な魔石が埋め込まれている。魔石へ魔力を流した瞬間、飛行船全体に一気に魔力が行き渡るのが分かった。


 操縦室に見える魔石を起点とし、あちこちに魔石の気配を感じる。魔石から魔石へと魔力が流れて行き、飛行船全体へと魔力が行き渡っていくのだ。それらは網目のように広がり、飛行船全体を包み込んでいく。


 全ての魔石に魔力が行き渡ったと思われたと同時に、飛行船がぐらりと揺れる。そしてゴゴゴッという音と共に、飛行船が浮かび上がった。


「浮いたわ!!」


 リラーナが興奮気味に叫ぶ。窓からは国王とラオセンさんが飛行船を見上げているのが見える。国王は笑顔で手を振ってくれていた。


 ガルヴィオ城内にある広場から飛び立った飛行船は、徐々に高度を上げていくと、あっという間に遥か上空まで昇り、城も王都も小さくなった。ある程度まで昇り切ると、飛行船は前進し出した。


「ラフィージアの場所は分かっているの?」


 以前ダラスさんに聞いたときには、ラフィージアは天空に浮かんでいる国だから、はっきりとした場所は知られていない、と聞いた。おそらくこの辺りだろう、という場所だけだ。その後もラフィージアに関する書物などは、少しくらいは見たことがあったが、どれにも場所がはっきりと記されているものはなかった。


 そもそもラフィージアの情報自体があまりに少ない。天空に浮かぶ国だ、ということ以外は憶測で語られていることも多く、ほとんど知られていない。


 ヴァドから聞いた話では、ラフィージアは城と王都しかないらしいということ。大聖堂などの施設のほとんどは王が管轄している、ということくらいかしら。それでも私たちよりは明らかにラフィージアに詳しそうだった。


「あぁ、大まかな場所ってだけだがな。ラフィージア自体が他国の人間を受け入れていないから、下手に近付くと攻撃される恐れもある」

「攻撃!?」


 全員が驚いた顔となる。ルギニアスも鞄のなかからひょっこり顔を出し、私の肩に乗った。国王に姿を見せないようにずっと鞄のなかだったのよね。ルギニアスもヴァドの言葉に眉間に皺を寄せている。


「まあ、今回は父上……ガルヴィオ国王からの書状を出しているからな。飛行船がガルヴィオのものだということも分かっているだろうし、さすがに攻撃はしてこないと思うんだが……」


 皆が息を飲む。まさかラフィージアから攻撃されるかもしれないなんて。


「ま、油断しないに越したことはない。一応皆も警戒はしておいてくれ」


 ヴァドの言葉に皆が頷く。



 そして飛行船はゆっくりと進んで行き、その間、何人かの船員が魔力を送るために交代をしていた。次第に飛行船は海の上を飛び始める。海へと出たときにはすっかりと辺りは暗くなっていた。


 各々保存食で夕食を済ませ、周囲に警戒しながらも交代で休んで行く。周囲に灯りもなく、飛行船から漏れ出る灯りだけが夜空に浮かんでいる。


 そんなとき、私とリラーナが部屋で休んでいると、ガタッと飛行船が大きく揺れた。


「な、なに!?」


 飛び起き、リラーナと顔を見合わせる。そして慌てて階段を駆け上り、皆の姿を探す。夜はすでに明け始め、船内は明るい。ディノにイーザン、ヴァドにオキ、それに船員たちも皆が窓に貼り付くように覗き込んでいる。


「どうしたの!?」


 急いで駆け寄ると、ヴァドがチッと舌打ちしながら低い声で言った。


「魔物だ」

「魔物!?」


 隣の窓からヴァドの視線の先を追う。そこにはドラゴンのような見た目だが、以前見掛けたドラゴンよりも遥かに大きい上に、なにか違う。

 黒々とした身体は歪な鱗が並び、鋭い牙、鋭い爪、深紅の眼はギョロギョロと激しく動き、そしてなによりも違ったのは……頭部が三つ並んでいるのだ。


「ル、ルギニアス……あ、あれって魔物なの?」


 肩に乗るルギニアスに小さく聞いた。ルギニアスは食い入るようにその魔物らしきものを見詰めている。そして眉間に皺を寄せ、絞り出すように言った。


「あぁ、赤い眼は魔物の証だ……」


 そう呟くルギニアスの瞳……綺麗な真紅の瞳……魔物の証……。ルギニアスの言葉になぜだか酷く哀しくなった……。


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