第166話 空を飛ぶ
白耳獣人は一台の飛行艇へと近付くと、なにやら準備を始める。私たちはヴァドのあとに続き、その飛行艇へと近付く。
近くで見る飛行艇はエルシュで見かけた飛行艇よりは明らかに小さい。エルシュで見た飛行艇は貨物運搬用だと言っていた。荷室だと思われるところは長く太い造りとなっていた。
しかし、今目の前にある飛行艇は高さも私たちの目線の高さと左程変わらず、長さも短く細い。
リラーナは興味津々になかを覗き込み、一緒になって覗くと、なかには椅子が左右に五席ずつ並んでいた。真ん中にある通路はとても細く、一人通るのにも大変そうだ。前方には操縦席なのだろう、客席とは別に設けられた椅子が見える。
白耳獣人は飛行艇の点検確認をしたのち、自身の荷物を持ち込み、そして私たちに振り向いた。
「もう乗っていいぞー」
そう言われ、私たちは顔を見合わせウキウキとする。それがヴァドや白耳獣人に見られていたようで、盛大に笑われた。
「アッハッハ! そんなに楽しみにしてもらえると、乗せる甲斐があるな!」
「普段は俺たちガルヴィオのやつが乗るだけだからなぁ、こんな喜ぶことはないもんな」
そう言いながら笑う二人に、若干照れながらもやはり楽しみなのは隠しようもない、とばかりに、リラーナと二人ウキウキとしながら乗り込む。
狭い内部は頭を下げながらしか歩けない。背の高い男性陣は余計に辛いのでは、と振り向くと、やはり辛そうだった。
特にヴァドはそれでなくとも背が高く、屈強な身体つきだ。明らかに身動き取りにくそうで、ちょっと笑いそうになってしまった。
荷物は最後尾に置く場所があり、そこへと積み上げる。そして各自席へと着くと、横には丸い窓があり外が眺められる。
「さて、全員着席したかー? じゃあ出発するぞ!」
白耳獣人は最後に乗り込み、全員を見渡すと操縦席へと腰を下ろす。そして右手でハンドルらしきものを握り、左手は操縦席の横にある大きな球体に触れた。触れた途端そこから魔力を感じる。
「魔石ね!」
思わず口に出すとヴァドが笑った。
「あぁ、あそこにある魔石から飛行艇全体へと魔力を送る」
ヴァドの説明通り、白耳獣人があの球体に触れた途端、飛行艇全体に魔力が流れていくのが分かる。送られた魔力は風魔法を発動させ、飛行艇が動き出す。
「風系魔法だけじゃない? 大地系魔法も?」
「あぁ、ほぼ風魔法で済むんだが、大地系で安定させてる感じかな」
「へぇぇ」
飛行艇全体を覆う魔力が、常に流れているのを感じる。魔導具として常に発動している造りなのは分かるが、それだけでなく操縦者である人間の魔力もずっと吸収しているようだ。
冷蔵庫の魔導具のように一度発動させると、魔力が自動的に発動しているのとは違う。発動者が常に魔力を送らないと維持出来ない、ということか。
これは確かに長距離を移動するにはキツイだろう。攻撃系の魔法を発動するよりは魔力の消費は少なそうだが、常に魔力を送る、という行為はかなり消耗するはず。
そしてその発動者の魔力がこの魔導具に馴染むため、他の人間が使うと不安定に繋がるのだろう。
なるほど、と感心と納得とで頷いた。
飛行艇は徐々に速度を上げると、操縦席の辺りがふわりと浮いた。そして皆が「おぉ」と声を上げた途端、飛行艇全体が陸から離れたのが分かった。
身体に圧力を感じ、一気に上空まで飛行艇は飛び上がった。
「うわぁぁ! 凄い! 凄い! 空を飛んでる!!」
リラーナが興奮の声を上げた。ディノも窓の外を眺め「おぉ!」と声を上げている。イーザンも態度にはあまり出ていないが、それでも窓の外を眺め、目を見開いている。
ある程度の高さまで上がったと思うと、浮遊感を感じ圧力を感じなくなった。その瞬間飛行艇は安定したように、同じ高さを進み出す。
「凄い」
皆、窓に釘付けだ。ザビーグの街並みはあっという間に遠ざかり、眼下には山が広がる。それほど高いところを飛んでいるのではないのだろうが、山を越えるために飛んで行く、ということ自体がとても新鮮で不思議な感覚だった。
以前ルギニアスに抱えられ、空を飛んだが、あのときは精々建物を越える高さというくらいだった。それが今は山を越えるのだ。それが不思議で仕方がない。
遠目には鳥が飛んでいる姿も見える。太陽の光が山々を照らし、緑が映える。彼方まで見渡せ、世界の広さを痛感する。
「本当に凄いわね。飛行艇なんてアシェルーダでは考えたこともなかった……こんな乗り物があるなら移動ももっと楽になるんだろうな」
リラーナが呟いた。
「アシェルーダで造るにしても……どういう構造になっているのか教えてくれないだろうしねぇ?」
そう言いながらリラーナがヴァドを見る。ヴァドはアハハと笑いながら目を逸らした。
「まあ、教える訳にはいかないよなぁ。自分で考える分には自由だが」
苦笑するヴァドにリラーナは拗ねたような目を向けるが、しかし、気合いを入れるように拳を握った。
「いつか絶対私も造ってやる!」
そう意気込むリラーナに皆が笑ったのだった。
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