第164話 友

「リラーナ……」


 ずっと黙って聞いていたリラーナ。なにを考えているのかずっと難しい顔をしていた。リラーナのこともずっと騙していた。ディノやイーザンよりももっと長く一緒にいたリラーナ。それなのに私はずっと嘘をついていた。


 そのことが申し訳なく、しかし自分勝手にもただリラーナに嫌われることが怖い自分がいる。情けない。大事な人を傷付けているくせに、自分が嫌われるのでは、という心配をしている。結局私は自分のことが一番大事なのだということを痛感する。


「リ、リラーナ……ごめん……今まで黙っていて……」


 リラーナの顔が見られなかった。俯き、声を絞り出す。声が震える。そんな私にリラーナが近付いて来るのが分かった。そして、私の目の前で立ち止まると、リラーナは私に手を伸ばしぎゅっと抱き締めた。


「リ、リラーナ!?」


 顔を上げた私の首元に思い切りしがみつき抱き締める。


「ルーサ……ごめんね」

「え!? な、なんでリラーナ謝るの!?」


 戸惑いつつも、リラーナの肩にそっと手を添える。


「ずっと誰にも言えずに苦しかったでしょう? 誰にも相談出来なかったんでしょう? ずっと……一人で抱えてきたんでしょ……ごめんね、気付いてあげられなくて……」

「リラーナ……」


 まさかそんな風に思ってくれているなんて……


「で、でも言わずにいたのは私が……皆を信じていなかったからなのかもしれない……」


 そうよ。皆を信じていたなら、荒唐無稽な話でも皆なら笑って受け入れてくれていたかもしれない。現にディノとイーザンは受け入れてくれた。それなのに信じられなかったのは私のほう。


「そんなことないわよ。前世だったり聖女だったり、魔王だったり……なんて、普通信じてもらえる、と思えるほうがおかしいわよ」


 フフ、と笑うリラーナ。


「私だってそんなことが自分に起きていたら、簡単には他人に相談出来ない。でも……ルーサのことだから、そうやって隠し事をしていることが申し訳なく思っちゃったんでしょ? それで、やっぱりどうしても伝えなきゃ、って思ってくれたんでしょ?」

「うぅ、リ、リラーナ……なんでそんなことが分かるの!?」


 リラーナの肩に顔を埋めながら零れそうになる涙を必死に我慢した。


「アハハ、何年一緒に暮らしていると思ってるのよ! 私的にはもうルーサのお姉さんのつもりだからね! 妹のことなんてなんでもお見通しよ!」


 笑いながらそう言うリラーナは、ぎゅうぅっと力いっぱい抱き締めて、頭をわしわしと撫でてくれた。そんなリラーナに私は涙が止まらなかった。


「ありがとう、リラーナ」



「ハハハ、怒り出すのかと思ったけど、まあ丸く収まって良かったな」


 ディノはそう言い私の頭とリラーナの頭をわしわしと撫でた。リラーナが「ちょっと!」と怒っていたが、ディノは満面の笑みで気にせずひたすらわしわしと……。そんな姿が面白く、笑顔になれたことが本当に嬉しかった。


 ルギニアスは少し笑っているのか、小さく溜め息を吐き、横を向いた。そしてイーザンも安堵の溜め息を吐き、そして改めて話し出す。


「それで、あとの問題は『聖女』だな」


 イーザンの言葉に皆が振り向いた。


「ルーサの今の母親が聖女、ということは、爵位返上と神殿へ連れて行かれたということは……結界の守護とやらに強制連行された、ということだな?」


 皆が眉間に皺を寄せる。


「多分だけれど……そういうことなんだと思う……」


「なるほど、ならば、大聖堂から神殿へ向かいたい、という理由がようやく分かった」


 イーザンの言葉にディノとリラーナも頷く。


「爵位返上を無理矢理させる必要性はよく分からないが、神殿へ連れて行かれたという事実は本当のようだし、やはり神殿を目指すしかないな」

「うん……、ごめんね、皆を巻き込んで……」


 そう言った瞬間、ビシッとディノにデコピンされました……。


「痛っ! な、なにするのよ!?」


「お前なぁ、巻き込んだとか言うな、って以前言ったよな? いい加減にしないと怒るぞ?」

「あ……ごめん」

「『ごめん』も言い過ぎだ。次言ったらもう一発食らわすぞ」


 そう言ってデコピン姿勢を取るディノ。


「ひっ、ちょ、ちょっと! 本気で痛いからやめて!」


 おでこを抑えながら声を張り上げると、リラーナに笑われた。


「アハハ! そうね、ルーサは謝り過ぎ! 私たちをなんだと思ってるのよ」


 じっと顔を覗き込まれたじろぐ。そ、そっか、謝り過ぎもよくないわね。


「うん、ごめ……じゃなくて、ありがとう、皆!」

「フフ、そうね、ありがとうって言ってもらえるほうが嬉しい!」


 リラーナはそう言い、再び私を抱き締めた。


 そうして私たちは「身体冷えちゃったね」と笑いながら宿まで戻ったのだった。


 あぁ、私はなんて幸せ者なんだろう、そう改めて思えた夜。私はこの夜のことをきっとずっと忘れない。


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