第152話 穏やかな夜

 全員が唖然とした。船員と同じように動き、船員に指示をし、船長とも普通に話しているから、てっきり船長の補佐的な船員なのかと思っていた。


「オキは知ってたの?」


 オキに視線をやるとすでに夕食を頬張っていた。ちょっと。


「んー? いや? 知らなかったけど、別に興味もないし」


 相変わらず飄々としたまま答え、そのまま何事もなかったかのように食事を続けている。ヴァドはそんなオキの姿に笑っている。な、慣れてるわね。


「じゃあヴァドって何する人なの?」

「何する人……うーん、なんだろうな」


 腕を組み考え込む。いやいや、自分のことでしょ、なんで考え込むのよ。


「もしかして外交官か?」


 ディノが思い付いたかのように口にした。


「あ、なるほど。それならアシェルーダに来ていた理由も分かるわね」


 リラーナも頷き、じっとヴァドを見た。ヴァドの獣の耳がピコピコ動いている。


「んー、まあそんな感じか、な?」

「そんな感じって……」


 なにこの適当な感じ……。外交をしそうな感じには見えないけどね……どちらかと言えばオキに近そうな……。暗殺とかしてるようには見えないけど、騎士団のようなかっちりとした仕事をしているイメージもない。勝手にそう見えてしまい苦笑する。ヴァドに失礼か。


「まあ、なんでも良いじゃないか」


 ハハ、と軽いヴァド。



 結局よく分からないまま夕食をいただいた。周りには休憩時間の船員たちが豪快に食事を続けている。


 肉や魚もあるが燻製にされたものを調理し、濃い目の味付けにしてある。野菜などは生野菜はなく、乾燥させたものを芋と共に煮込んだスープ。大したものはないと言えども、十分美味しい料理だった。


 食事を終えるとヴァドは船長と話があるからと消えて行き、オキはもう休む、と部屋へと戻って行った。

 残された私たちは腹ごなしにと甲板へと再び戻り夜風に当たる。


「わぁあ、綺麗!」


 真っ暗闇のなか船の灯りだけが海に浮かぶ。昼間とは全く違う景色。真っ黒の海は波の音だけが響く。そして真っ黒の夜の空には満天の星が。


 水平線の彼方までひたすら続く星。エルシュの街でも星空は見えた。しかし街の灯りすらない、海の上。さらにより一層の暗闇のなか、灯りは船に灯るランプのみ。

 エルシュで見たときよりもさらに多くの星が、まるで落ちて来そうなほど輝いていた。


「凄いわね! こんな星空を見られるなんて!」


 リラーナも興奮しながら空を見上げる。


「ハハ、本当に凄いな」


 ディノやイーザンも同様に空を見上げている。そんな私たちの姿を見て、船員は笑っていた。甲板では船員たちも昼間よりは寛いでいる。なかには楽器を持ち出し歌っているものもいた。陽気に笑っている船員たちもしっとりした曲となると、しんみりとその歌を聴いていたりする。


 聴いたことのない歌は、しかしどこか懐かしさを感じるような温かい歌だった。まるで子守歌のような、お母様が歌う歌のような、そんな温かさ。船員たちも目を瞑りながらそれを聴き入っている。


「素敵な曲ね」

「うん。なんだかお母様を思い出しちゃった」

「フフ、そうね。私もお母さんを思い出した」


 ディノやイーザンも穏やかな表情をしていた。ルギニアスは……なにを思っているのか……。アリシャを思い出しているのかしら……。懐かしいのか、切ないのか……私には分からない表情だった。ルギニアスに聞きたい。でも聞けない。なんだか胸がチクりと痛んだ。



 夜、海の上は冷えるから、と早々に就寝することとなり、私たちはひとしきり星空を満喫すると部屋へと戻った。ディノとイーザンとは部屋の前で別れ、リラーナと二人部屋のベッドへと早々に横たわる。


 初めての海、初めての船、緊張と興奮で疲れていたのか、リラーナは早々に寝息を立てていた。

 私はそれでもなかなか寝付けず、小さな窓から見える星を眺めていた。


 ガルヴィオに行って、大聖堂から神殿へと行って、お父様とお母様に会えるかしら……。


 そんなことを考えていると、いつものようにルギニアスが私の額に触れようとした。そのルギニアスの手をそっと掴む。小さい手が可愛い。


「? なんだ?」


 キョトンとしている姿が可愛いな、と思ったが、それを口にするときっとムスっと不機嫌になるのだろう、と予想がついたので言わずにいた。


「ねえ、いつもルギニアスが私の額に触れると、いつの間にか眠っているんだけど、なにか魔法なの?」

「……大した魔法じゃない」

「ふーん、でもいつもそのおかげで安心して眠れてる。ありがとう」


 そう言うとルギニアスはフンと顔を逸らした。そんな姿がなんだかおかしくてフフッと笑う。


「ねえ、今日はその魔法はいいから一緒に寝よう」

「は!?」


 ぐりんと勢い良くこちらに向き直ったルギニアスの顔が今まで見たことがないくらいの面白い顔になっていた。


「ブフッ。フフ……い、良いじゃない。ちっこいままなら問題ないでしょ」


 笑いを堪え切れずに少し噴き出してしまった。なんとかそれを誤魔化そうとそのまま話すが、ルギニアスは顔を真っ赤にして怒った。


「問題ない訳あるか!! 馬鹿か!!」

「良いじゃない!」


 むぎゅっとルギニアスを掴み、ぐいっと引っ張る。そしてそのまま布団へと潜り込んだ。ぐえっとルギニアスの声が聞こえたがそのまま無視。ルギニアスはじたばたと逃げようとしているが、大きくなる訳でもなく、諦めたのか大人しくなった。


「フッ、おやすみ、ルギニアス」

「…………おやすみ」


 ぬいぐるみを抱えるように、ルギニアスに頬を寄せ眠りに就いた。


 小さく「くそっ」という言葉が聞こえたが、聞こえないふりをしたのだった。


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