第133話 獣人

 そこにいたのは屈強な身体付きの男たち。薄手の半袖を着た身体は、引き締まった肉体がはっきりと分かる。日焼けているのか、肌は色黒く、髪色は焦げ茶色だったり、灰色だったりと様々だ。

 見た目は普通の人間と変わらない……いや、アシェルーダの人々よりも圧倒的に身体が大きい……。


 他の人々と比べると頭一つ分ほど背が高く、しかも分厚い肉体。腕の太さも倍ほどあるのではというほどの屈強さ。顔や肌や髪は我々と変わらないが、明らかに体格が違う。そこにさらにあの耳と尻尾……。目立つのは当たり前かもしれない。


 しかし、周りの人々は慣れた光景なのか、その一団が現れても特に誰も反応しない。私とリラーナだけが思わず見詰めてしまい、慌てて視線を逸らす。


 その一団は私たちの横を通り抜け、外へと出て行った。ディノやイーザンよりも頭一つ分ほど高い背。私やリラーナと比べたら、頭二つ分ほど高く感じた。


「ね、ねえ、今のって……」


 一団が出て行ったのを確認し、ディノに小声で聞く。


「ん? あぁ、獣人たちか? そうか、ルーサたちは初めて見るんだよな」


 リラーナと二人で激しく頷き、ディノは苦笑した。


「ガルヴィオの船員たちだな。かなりの人数が乗っているらしいから、ガルヴィオの船がいる間は、街中のあちこちで見掛けるから、すぐに珍しさはなくなるぞ」


 そう言って笑った。ルギニアスも全く興味がないのかなんの反応もない。興奮しているのは私たちだけか……。そしてディノは宿の受付を済ませる。


 今まで泊まったことのある宿よりも大きいため、部屋がたくさんあり、客も大勢いた。部屋は私たちが借りたところで満室となり、辛うじて三階の部屋を借りることが出来た。


 ガルヴィオの船が来ている間は船員たちもエルシュの宿に宿泊するため、普段よりも宿が混雑するらしい。船は一度到着すると短くて十日ほど、長いと二十日ほどは停泊しているそうなので、その間宿はずっと満室のようだ。


 宿に荷物を置いたあと、夕食のために歩いている最中、ディノとイーザンが色々と教えてくれた。


 その二十日の間に荷を下ろし、新たに売買した荷を積み、ガルヴィオまでの航海のための物資補給、船員たちの休息などに時間を費やしているようだ。長く停泊しているときは、なにやら新規のやり取りをしているらしい、といった話も聞く、とディノが思い出したかのように言った。


「エルシュだけでなく、アシェルーダの国自体との交渉事も行っているらしい、と噂を聞いたこともある。そういうときはなにやら外交としてエルシュから王都へ出向いているらしく、停泊日数が長い」


 イーザンがディノの言葉に付け足すように説明してくれた。


「へぇ、外交か……そのときはガルヴィオの偉い人が乗っているのかしらね」

「だろうなぁ。まあ俺たちにはお目にかかれるはずもないんだがな」

「そんな人と知り合えたら、船にも乗せてくれそうなのにね……」

「あー……、ハハ、無理だろ」


 全員で苦笑した。さすがに無理よね……。



「夕食はララさんのお店に行ってみようか」


 ララさんに渡されたお店の住所が書かれた紙を見ながら言った。皆、それに頷く。住所を見てもよく分からないため、ディノに渡し店を探してもらう。


 街では夕食のために大勢の人が賑わっていた。店の呼び込みをしていたり、露店で買ったものを食べている人がいたり、とそこら中から良い匂いが漂って来てお腹が鳴りそうだ。


 しばらく歩いていると、大通りから少し外れた路地に入って行く。大通りよりも少し薄暗くはなるが、しかしそれでも多くの店が立ち並び、賑わっていた。

 どうやらここは飲食店街のようだ。


 大きく開かれた店先にはテーブルと椅子が並べられ、その場で飲み食いする人が大勢いる。お酒を飲む人も多いようで、皆が陽気そうだった。


 よく見ると獣人らしき男たちも見える。普通にエルシュの人間たちと陽気に酒を交わしている。


「皆、楽しそうね」

「ほんと、うるさいくらいに陽気ね」


 リラーナはそう言いながら笑った。


「アハハ、海の男たちは陽気で豪快だからなぁ」


 ディノも笑う。


「ディノも獣人の人たちと一緒に飲んだことあるの?」

「ん? あぁ、その場のノリでな。たまたま横に座ってた、とかで一緒に飲んだりしたことはあるな」

「アハハ、ディノはすぐ友達になりそうよね」


 そう言いながらチラリとイーザンを見た。


「イーザンはそんななか平然と一人で飲んでそうよね」

「ブッ」


 私が呟いた言葉にリラーナが噴き出した。イーザンはしかしそんなことにはお構いなしに澄ました顔をしている。


 ブフフとリラーナが笑い続けている。どうやらツボに入ってしまったようだ。平然としているイーザンが凄いわね。ルギニアスは張り合いそうだなぁ、と思うとクスッと笑ってしまい、なにか察知されたのか、ルギニアスに耳を引っ張られた。


「お、ここだぞ」


 賑やかな飲食店街を歩き続けると、一軒の食事処でディノは立ち止まった。他の店と同じように店先にもテーブルが並び、店のなかにも数席あるようだ。店のなかを覗くとララさんがいた。お客らしき人と会話をしているようだったが、とりあえず声を掛けてみる。


「ララさん」


 声を掛けると、話していたそのお客さん越しにひょっこりと顔を見せると笑顔になった。


「あぁ、皆さん! 来てくださったのね!」


 そう声を発したララさんの横に立つお客さんも、その声に促されるようにこちらを向いた。その顔には見覚えが……。そのお客さんと目が合うと、お互い目を見開いた。


「アラン!?」

「ルーサ!?」


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