第128話 山越え

 翌朝、宿の女将さんからはお礼を言われつつ挨拶をし、出発となった。色々思うところはあるけれど、とりあえず今はエルシュを目指そう。神殿にさえ行けたらなにか分かるかもしれないし。


 ルバードからエルシュ行きの乗合馬車に乗り込みエルシュを目指す。今回の乗合馬車には小さい女の子を連れた女性も一緒となった。

 道中その女の子がルギニアスを発見、興味津々に見詰められ、ルギニアスが思い切り嫌そうな顔になり笑いそうになってしまった。あまりに女の子の好奇心に疲弊したのか、自分から鞄のなかに入ってしまった。


 母娘と共に談笑しながら乗合馬車は山越えのため、車輪の点検をしつつ進んで行った。山道へと進むと、平地を進んでいたときよりもさらに一層ガタガタと道は悪くなり、乗っているだけでも疲れてしまう。ルギニアスは鞄のなかで呑気に眠っていた。


「こんな山道を行くのは初めてだわ」


 リラーナが外の景色を眺めながら呟いた。ガタガタと揺れ続けているため、舌を噛みそうで皆無言だ。


「そ、そうよね、私も」


 アハハと二人で笑いながらなんとか振動に耐える。ディノとイーザンは慣れているのか、腕組みをしながら目を瞑っている。瞑想でもしているのか……眠っている? こんな揺れのなかでよく眠れるわね、と苦笑した。


 木々の合間に舗装とまではいかなくとも、それなりな道幅で造られた馬車道。もう何度となく馬車が行き交っているのだろう、多くの轍の跡がある。

 それほど高い山ではないが山頂近くまで登って来ると、次第に肌寒くなってくる。乗合馬車に乗る全員は上着を取り出し羽織り出す。女の子は母親に可愛らしい上着を着せられていた。


 途中休憩を挟み、皆軽食を取り、そのまま進むと、山頂を少し過ぎた辺りに山小屋が見えて来る。日が沈む前に予定通りに到着したようだ。


「お疲れさまでした。今日はこの山小屋で一泊致します」


 御者さんが山小屋近くに乗合馬車を停車させ、乗客に知らせる。皆、その言葉と共に、馬車から降り、御者さんの先導で山小屋へと向かう。

 それほど大きくはないが、乗合馬車に乗る乗客程度の人数が過ごすだけならば、十分な大きさの山小屋だった。


 御者さんは山小屋の鍵を開け、私たちをなかへと促す。入ってすぐは広い空間で、長テーブルや長椅子が並んでいた。その奥には暖炉が見える。

 御者さんはテキパキと動き、小屋の魔導ランプを点けていき、納屋らしきところから薪を用意すると、暖炉に手際良く火を点ける。着火には魔導具を使っているようだが、暖炉の火は自然のものだ。部屋が次第に暖かくなっていくのが分かる。


「ここは共有スペースとなっていて、部屋は男女別で用意してあります。簡易の二段ベッドがありますので、そちらを各自で話し合って好きな場所を使ってください。ベッドの場所が決まり、荷物を置いたら夕食の準備を手伝っていただけると助かります」


 御者さんは男性用、女性用の部屋を説明し、ひとしきり説明を終えると自身は夕食の準備に取り掛かった。


「さて、じゃあ部屋に行くか」


 ディノとイーザンは「後でな」と口にし、部屋へと消えて行った。


「私たちも行こう」


 リラーナと私、それに同乗していた母娘も一緒に部屋へと入る。

 部屋のなかは二段ベッドが真ん中の通路を挟み、左右に二つずつ四つ並び、八人が寝られるようになっていた。

 リラーナと私は入って左側、母娘は右側のベッドを使うこととなった。


「なんだか不思議」


「ん?」


 リラーナが荷物を置きながら言った。


「なにが?」


「だってさ、今まで王都から出たことなんてほとんどなかった。それが今はこうやって色んなところへ行って、こんな山小屋に泊まるなんて、今までの生活からは考えたことなかったよ」


 そう言いながらアハハと笑ったリラーナ。


「うん、そうだよね。私もランバナスくらいしか行ったことなかったし、ルバードもこの山小屋も、こうやって色々な場所に行くのが不思議な気分だし、楽しいよ」


「貴女方は王都の方なんですね」


 リラーナと笑い合っていると、反対側のベッドで荷物を置いている母親が私たちに声を掛けた。


「はい」


「そうなんですね、私たちはエルシュの人間なんです。王都に用があり出ていたので、今から家に帰るところなんですよ」


「そうなんですか! エルシュはどんなところですか?」


 リラーナは荷物を片付け終わると、ベッドから降り、母親の傍に寄った。


「エルシュは海辺の街ですからね、広い海はとても綺麗ですし、魚料理が自慢です。ガルヴィオからの船もあり、街はとても活気があり賑やかですよ」


 フフ、と笑いながら言う母親。


「私はララと申します。娘はナナカ。エルシュで食事処をやっていますので、良かったらいらしてくださいね」


「わ、そうなんですね! エルシュに着いたら伺いますね!」


 疲れてしまったナナカちゃんを抱っこしながらのララさんと共に談笑しながら、先程の共有スペースへと戻った。


 共有スペースではすでにディノとイーザンが御者さんの手伝いをしていた。ララさんは眠そうなナナカちゃんと共に休んでいてもらい、私とリラーナも夕食準備を手伝うのだった。

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