第129話 迫る獣
山小屋の調理とは一体どんなものだろうかと思ったが、大きな鍋に入れた野菜スープを暖炉の火で煮込んでいくものだった。
野菜はすでに切ったものを持って来ていたらしく、調理と呼べるほどのことはしていないようだ。具材を入れ、調味料を入れ、味見をしつつ味を調える。
小さな魔導コンロを持って来ていたようで、御者さんはフライパンで肉を焼いていた。塊の肉を豪快に焼いている。ジュージューと良い音に、さらには良い匂いが漂って来てお腹が鳴りそうだわ。
リラーナと共にスプーンとフォークをテーブルに並べていき、皿に盛られたスープを運んでいく。肉が焼き終わると、それを切っていく。肉汁が溢れ出るのを眺めながら、人数分に切り分けて行き、皿に盛り付ける。最後に、私も以前フェスラーデの森に持って行っていた保存食のパン。それを鍋で仕上げ、焼き立てパンに。それらを全てテーブルに並べ、全員で夕食の時間だ。
ララさんはすっかり眠ってしまっていたナナカちゃんを起こし、豪華な夕食の時間となった。「いただきます」という言葉と共に、皆が一斉に食べ始める。
一日中馬車に乗り続けていた疲労感のためか、温かいスープを飲むと一気に身体の力が抜けた。ホッと口から安堵の溜め息が漏れる。
「美味しいー!」
「沁みるー」
全員が感嘆の声を上げ、それと同時にアハハと笑い合った。
「いやぁ、エルシュには何度か行ったことはあるが、この山越えが一番しんどいよな」
「フッ。あぁ。ただ馬車に乗っているだけなんだがな」
ディノとイーザンもやはり疲れていたようだ。あの馬車の揺れはただ乗っているだけでも、やはり疲れるものは疲れるわよね。それがおかしくてみんなで笑い合う。
スープにほっこりした後は、肉汁たっぷりのお肉を堪能する。歯応えは柔らかく、しかし焼き目は香ばしく、しっかり目の塩味が食欲をそそる。お腹が空いていたから、いくらでも食べられそうね。
野営などで食事をするたびに思う。温かい料理の有難さ。家にいるときには分からない。温かい料理を仲間たちと食べる心地よさ。他愛もないことだけれど、あぁ、幸せだなぁ、と思ったりなんかして、じんわりと心が温かくなるのよね。
そうやって和気あいあいと食事をしていると、ルギニアスがテーブルにちょこんと座って食事をしているのをナナカちゃんが発見する。またしてもナナカちゃんが興味津々でじっと見詰めていたため、ルギニアスはやはり居心地が悪そうだった。
食事を終え談笑しつつ、後片付けを手伝い、その日は疲れのためか早々に就寝した。
翌朝、再び馬車へと乗り込み出発する。
山小屋からエルシュへ向かう山道は山の傾斜が激しいためか、迂回のための回り道がひたすら長かった。降っているような登っているような、山小屋までの道のりよりも険しい気がした。酔いそうだわ……。ナナカちゃんもしんどそうな顔色だ。
そのとき急に馬車の速度が上がった。ガタンと大きく揺れた馬車はガタガタと激しく揺れる。
「どうした!?」
ディノが御者さんに声を掛ける。
「獣が近付いています! 速度を上げますのでなにかにしっかりと掴まっていてください!!」
「「「「「!?」」」」」
獣!? なにかが近付いて来ている!? ガタガタと激しく揺れる馬車に振り落とされないよう必死にしがみ付く。ララさんは必死にナナカちゃんを抱き締めている。
「ディ、ディノ!! ここってよく獣が出るの!?」
「ま、まあ、滅多には出ないが、全くないこともないな……ちっ、イーザン!」
「あぁ」
ディノはイーザンと目を合わせ頷き合った。そして御者さんに叫ぶ。
「俺たちが倒す! 馬車を止めろ!」
「!? わ、分かりました!」
御者さんは背後から叫ばれ、驚いたようだったが、ディノとイーザンが剣士であることを思い出したのか、ディノの言葉に従った。
速度を落とし、道途中で馬車を止める。素早く馬車から飛び降りたディノとイーザンは馬車の背後をじっと見詰め、剣を構える。ララさんとナナカちゃんを出来る限り奥へと促し、私とリラーナはディノとイーザンの邪魔にならない距離で見詰める。
馬車が止まってからほとんど間を置かずして背後から何かの群れがやって来た。
「どうして獣が来るのが分かったんですか?」
迫り来る獣の姿を確認し、御者さんに聞いた。
「馬車には結界の魔導具が設置されているんです。馬車を守れるほどの結界を張れている訳ではないのですが、その代わり広範囲に結界を張ることが出来るため、それに獣などが触れると、私の手元にある魔導具が反応するように出来ています」
なるほど、そんな魔導具が設置されていたのか。
「結界の魔導具は色々あるからね。うちに設置されていたものは、範囲は狭いけれど、守護能力の高い結界魔導具だったから、侵入者を攻撃する魔導具。馬車に設置してあるものは、広範囲を優先して危険を事前に察知するための魔導具ね」
リラーナが結界魔導具について教えてくれる。そんな話をしている間に獣は一気にディノたちの目の前に迫っていた。
六匹の狼の群れだ。
「さーて、おでましだな」
ディノとイーザンは剣をしっかりと構え、狼の群れと対峙した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます