第127話 違和感
「色々辛いことを思い出させてごめんね。今、エナはどうしているの?」
エナは私の手を両手で握り締め、首を横に振った。
「お嬢様とお会いすることが出来て本当に良かったです」
そう言ってにこりと微笑んだ。
「私と夫はここルバード出身なのです。ですので、こちらに戻って参りました。先程のお店は夫の弟の店なのです。私たちが職を失ったという話を聞いて、店を手伝わないかと言ってくれて……」
エナの旦那さんはローグ家で同じように働いていた。確か料理人として働いていたはず。
「旦那さんは?」
「夫は今ルバードの食事処で料理人として働いております。ですので、二人ともちゃんと生活出来ております」
だから心配するな、とそう言ってくれているのが分かった。エナたち夫婦には子供はいなかった。だから二人で生活するには十分なのだ、と笑っていた。
懐かしい話やこれからの話など、様々な話を長々としてしまい、さすがにもう戻らねば、と店まで戻る。
店主にお礼を言い、その人がエナの旦那さんの弟であると紹介をされた。そして色々店のおススメなどを聞いて保存食を購入し、店を出るとき、エナと抱き締め合った。
「お嬢様、ご無理はされませんように。お身体にお気をつけて」
「うん、エナもね……いつかまた……」
いつかまた必ず迎えに来るから……そう言いたかったが、それを言葉にすることは出来なかった。確実なものはなにもない。約束出来るはずがない。期待だけさせて待たせる訳にはいかない。だから……今はなにも言えない。
その私の複雑な想いが分かったのか、エナは優しく微笑んだ。そしてそっと私の頬を両手で包み、
「お嬢様が望む道を進むことが出来ますように……アシェリアンのご加護を」
祈るように目を瞑ったエナは私と額を合わせ呟いた。エナの手は暖かく優しいものだった。
笑顔で手を振りエナと別れた。
「まさかこんなところでルーサの両親のことが分かるとはな」
ディノが宿に戻る道中口にした。
「うん、私もまさかエナに会えるとは思わなかった」
「でも結局さらに謎が深まった感じ?」
リラーナが首を傾げながら言う。
「うん……、当時の状況は分かったけれど、お父様がどうして爵位返上したのか理由は分からなかったし……そもそもお父様の意思で爵位返上したのかも疑わしい……」
「慌てて領地へ帰り、そして慌ててどこかへ出発した。そして国からの通達も異例の早さ……なにもかもが通常とはなにか異なる……明らかになにかがおかしいな」
イーザンも怪訝な顔だ。
ルギニアスはエナの話の間ずっと黙って聞いていた。お母様が聖女であるということは、屋敷の皆は知らなかったようだ。ルギニアスの話では結界に行ったのでは、ということだった。しかしエナたちはなにも知らなかった。
娘の私にも、屋敷の人間にも、ずっと内緒だった『聖女』。ルギニアスの言葉を完全に信じるにはまだ決定的な根拠がないのだが、サクラの記憶に残るお母さん、そして紫の魔石、魔王であるルギニアス、そして初代聖女……それらのことはルギニアスの話を信じられた。だからきっと現在のお母様のことも本当なのだろう、そう思えた。
今のこの世では聖女は謎に包まれている。初代聖女は書物に残っていたりはするが、それ以降代々聖女が結界守護のために現れているらしい、ということ以外、ほとんど知られていない。
どこの誰が聖女なのか、何年間聖女として存在しているのか、どうやって代替わりをしているのか、全くなにも分からない。
なぜこれほどまでに聖女の情報がないのか。それが謎だった。国からの通達があったということは、国はお母様が聖女であることは認識している、ということかしら。それとも本当にお父様が慌てて爵位返上しただけなのかしら。でも領地に戻って来るつもりだったはず……。
「明らかに色々と不明なことが多過ぎるが……爵位返上の面からしても国が全くなにも知らない、ということはないだろうな」
イーザンが言葉を続けた。それにディノも頷く。
「あぁ。爵位返上をローグ伯爵自身がしたにしろ、なにか理由を伝えているかもしれないしな」
「うん……」
「じゃあアシェリアンの神殿と国の上層部の誰かから話を聞けたら一番だけど……」
「「「…………」」」
リラーナの言葉に全員が無言となった。
「ア、ハハ……アシェリアンの神殿はともかく、国の上層部って……無理あるよなぁ」
「だよね……」
全員溜め息を吐く。
その夜ベッドで横たわり色々考えを巡らせていたが、どうやってもやはりお父様の行動の理由が分からない。戻るつもりだったのなら、国から無理矢理に爵位返上をさせられたとしか思えない。でもなんのために? そうだとしても爵位返上をさせる理由が分からないのよね。
私を置いて行った理由も分からないし、なにもかも急な行動だったかのような違和感。私の神託をきっかけになにかが動き出してしまったのか……。
やはり私のせいなのだろうか……。
そんな思いが心に重くのしかかり不安になる。枕元に背を向け横になっているルギニアスの背中を見詰める。ルギニアスもずっとなにかを考えているようだった……。
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