第112話 新たな決意
「爵位を返上した理由は分からない。どこへ行くのか聞いてもそれは答えてはくれなかったからな。それを言ってしまうと、おそらく俺やリラーナにも迷惑がかかるから、と言っていた」
「…………」
「ルーサの持つ紫の石についても言っていた。その石にはなにかの力を感じる、だから決して失くさないようにして欲しい、と。まさかこんな奴がそこに隠されていたとはな。魔傀儡なのかは知らんが……その石と同じ気配を感じた」
ダラスさんは私の肩に乗るルギニアスをじっと見据え言った。やはり石の気配とルギニアスの気配にダラスさんは気付いていた。魔王なのか、ということは思わないだろうが、この不思議な石とルギニアスの存在に疑問を抱いていたようだ。
ルギニアスはフンとそっぽを向いた。
「何度も必死に懇願され、住み込みで修行なんてことを頼む理由も、なにか事情があるのだと分かり、結局根負けした俺はお前を引き受けることにしたんだ」
「そう……なんですね……」
「まさかあんなに大きく報じられるとは思わなかったがな」
そう言いながら苦笑するダラスさん。ダラスさんもまさか爵位返上するなんて思っていなかったでしょうしね。
「結局、父と母はどこにいるんでしょう……?」
それが一番重要なのよ。どこにいるの、お父様お母様。
「さあな……俺には分からん。ただお前を任されただけだ……」
「そうですよね……」
やはり自力で探すほかないのか。私のために姿を消した両親。私のために仕事を失くしてしまった使用人たち。私のために領主が変わってしまった領民たち……。
なんとか両親を見付けて、なにもかも元に戻すことが出来ないかしら……そんなことを考えてしまう。
「ルーサ! あなたのご両親を探しましょ!! きっとあちこち旅をしていればなにかしら情報が見付かるはずよ!」
「リラーナ」
ずっと黙って聞いていたリラーナは私の手をグッと握り締め、強い瞳を向けた。リラーナの言葉は私がずっと思っていたこと。いつか両親を探しに行きたい。旅をすればきっと行方が分かるはず。そう思って頑張って生きてきた。
リラーナの言葉はそんな私の背を押してくれる。
「ありがとう、リラーナ……うん、私、両親を探すわ! ディノとイーザンにも自分のことを話すつもり」
「うん、私も協力するから!」
リラーナのおかげで前を向ける。なぜいなくなったのか、なぜ私や皆を置いて行ったのか、それは両親を見付けたら聞けばいい。とにかくお父様とお母様を見付けるのよ!
「ダラスさん、教えてくださりありがとうございます」
「あぁ。お前の両親はお前の人生に関わることだということを隠したかったようだが、俺はお前を育てていて大丈夫だと判断した。お前はもう受け入れられる。そうだろ?」
「……はい!!」
ダラスさんが私を信じてくれているのが嬉しかった。両親が私を心配してくれていたのも分かる。あのときの私はまだ幼かったから。私のせいで爵位返上するなんて聞いたらショックを受けたかもしれない。
いくら「サクラ」の記憶があったにしても、自分のせいでそんなことになったらきっとショックだろう。しかも両親は私に前世の記憶があるなんて知らなかった訳だし。だから両親の気持ちも理解出来る。
でもこうやって修行を重ねたおかげか、何年も共に暮らしたおかげか、ダラスさんが私を認めてくれて、信じてくれる。それがなによりも嬉しかった。私はもうこの事実を聞いても大丈夫だと判断してくれたことが嬉しかった。
うん、私は大丈夫。私のために両親はいなくなったのだ、と分かっても、それを事実として受け入れられる。悲観したりしない。事実は変えられる訳じゃない。私はそれを受け入れて、絶対なんとかしてやる。その第一歩が両親を探すことよ。
ダラスさんからの話が終わり、私は改めて両親を探す決意をした。二人がなにを考え、なにをしにどこへ向かったのか。それを知りたいし、両親だけでなく、使用人の皆がその後無事に暮らしているのかも知りたい。
リラーナと今後の話をし、明日ディノとイーザンに連絡した後、準備を整え三日後に出発しようとなった。
お互い部屋へと戻り、荷造りを進める。
「この部屋ともお別れね……」
この家にやって来てからずっと住まわせてもらっていた部屋。慣れ親しんだ部屋。物自体は少ないけれど、自分の物が並ぶ部屋。それもある程度片付けた。ダラスさんがこの部屋はそのまま私用に置いておいてくれると言っていた。いつでも帰って来い、と。
それが寂しさのなかに嬉しさも感じ、いつでも帰って来られるという安心感が私に旅立つ勇気をくれる。
「おい」
片付けながら感傷に浸っていると、ふいに大きく風が揺らいだ。ルギニアスが風を巻き上げながら大きくなった。綺麗な漆黒の黒髪がふわりと舞い上がり艶やかに煌めく。
「ルギニアス? どうしたの?」
振り向くと、ルギニアスは片付けをしていた私の背後に立ち見下ろした。
「お前の母親……おそらく聖女だ」
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