第102話 傍にいて
「じゃあ撤収するか!」
朝食を終え、片付けが終わり、ディノが声高らかに言った。特殊魔石の試験の日数にはまだもう一日余裕がある。
しかしドラゴンの魔石という、超大物魔石の採取が出来たのだ。これ以上無理をする必要はない。きっと大丈夫なはず。
「うん、帰ろう!」
荷物を全て片付け、私たちはアシェリアンの泉を後にした。もう魔石採取する必要もないため、一気に森を駆け抜ける。無駄な戦いはしない。回復薬も底をついているため、回避出来る戦闘は全て回避する。休憩をしつつ、そうやって駆け抜けて行くと、昼くらいには森を抜ける事が出来た。
残り少なくなってきた携帯食を齧りつつ、乗り合い馬車が通らないかと待つ。その間、ディノとイーザンは手合わせをしている。元気だなぁ。
ルギニアスはというと、どうも昨晩から元気がない気がする。どうしたのかしら。
ハッ! もしかしてずっと封印されていたせいで、まだ体力が戻ってないのかしら!? 慌ててルギニアスの元に駆け寄る。
「ルーちゃ……んぐっ」
違う、また思わず「ルーちゃん」呼びに戻るところだった。
「ルギニアス、どうしたの? 大丈夫?」
声を掛けるとチラリとこちらを見たが、じっと見詰められたじろぐ。
「な、なに?」
「…………いや」
「身体は大丈夫なの?」
「身体?」
怪訝な顔のルギニアス。
「だ、だって長い間、魔石に封印されていたんでしょ? だから身体は大丈夫なのかな?と思って」
ディノたちが聞いていないかチラリと背後を確認しつつ小声で聞いた。
「お前は俺が魔王だと知っていて聞くのがそれなのか?」
鼻で笑うかのように苦笑したルギニアス。
「え? なんで?」
「なんでってお前……馬鹿か?」
「はあ!? いきなりなによ! 失礼ね!」
「他に聞くことがあるだろうが」
「他ってなによ!」
はぁぁ、と深い溜め息を吐いたルギニアス。な、なんかめちゃくちゃ馬鹿にされている気がする……。
呆れたような馬鹿な子を見るような、そんな目を向けられた。ぐぬぅ、なんか屈辱。
「俺は魔王だぞ?」
「分かってるわよ。今さらもう否定しないわよ」
「封印から解けたんだぞ?」
「だからそれも分かってるわよ! 私が解いたんだから!」
「じゃあ俺は魔王として自由に好きにしていいんだな?」
「…………ハッ!!」
再び深い溜め息を吐いたルギニアス。そして顎をグイッと掴まれ、顔を寄せられた。
ルギニアスの綺麗な顔に思わずドキリとする。真紅の綺麗な瞳は不思議な色が揺らいでいた。
「魔王である俺は好きにしていいんだな?」
念を押すように再び聞いたルギニアス。
好きにしていい? また人間を滅ぼそうとするの? 人間を攻撃するの?
私の傍からいなくなるの?
「駄目!!」
思わず叫んだ。叫んだ瞬間、ディノたちに聞かれていないか慌てて振り向いたが、手合わせに夢中で気付いていないようだ。良かった。ホッと胸を撫で下ろし、再びルギニアスに向き直る。
「駄目」
「ハッ、駄目って……お前らなんか簡単に殺せる。お前らを殺して、結界を壊し、魔物らを呼び寄せることなんか簡単だぞ?」
乾いた笑いで私を見下ろすルギニアス。
ドラゴンとの戦闘を見ていたから分かる。私たちにルギニアスは倒せない。力の差があり過ぎる。それは分かってる……でも今言いたいことはそういうことじゃない。
「違う! そういうのはどうでもいい! いや、違うか、どうでもよくはない。いや、でも、今言いたいことはそんなことではなく……」
あわあわと自分で混乱してしまった。違うのよ! 魔物がどうとか、結界がどうとか、それも大事だけれど……そうじゃなくて……それよりも……今、この瞬間の私の想いはひとつしかないのよ。
「私の傍からいなくなったら駄目ってこと! 傍にいて!」
今の私にはそれが一番必要なのよ! なんだか懐かしい気がする。前世のお母さんの想い出がある。もちろんそれを失くしたくないから、という想いもある。でも……なんというかもっと単純に……
『ただ傍にいて欲しい』それだけなのよ。
鼻息荒く勢いに任せ、言い切ったはいいけど……言い切ってからすぐに冷静になった。
傍にいて、って! なに言ってんの!? な、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい台詞のような……ひぃぃ!!
一気に顔が火照り、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。チラリとルギニアスを見ると、呆れたような顔だったが、フッと鼻で笑った。
「やっぱりお前は馬鹿だな」
その一言にカチンと来た。
「さっきから馬鹿馬鹿ばっかり言わないでよ! 失礼な!」
「馬鹿だからだろうが。普通魔王に傍にいろとか言うか? お前らを殺せるって言ってんのに」
「…………でも、ルーちゃ……じゃない、ルギニアスはそんなことしないでしょ?」
「…………なぜそう言い切れる」
眉間に皺を寄せ不思議そうな顔をする。
「え? だってルギニアスがそんなことをするとは思わないから」
「いや、だから!」
食い気味にルギニアスが私の言葉を遮り、なにかを言いかけて止めた。そして物凄い大きな溜め息を吐いた。
「はぁぁあ…………やっぱり馬鹿だな」
「だから! 馬鹿馬鹿言うなって言ってるでしょうが!」
「馬鹿だから馬鹿と言ったんだ」
ムキーっと怒りをぶつけようとしたが、なんだか少し嬉しそうなルギニアスに、私自身もなんだか気が抜けてしまい、まあ良いか、となってしまったのだった。
「仕方ないからしばらくは傍にいてやる」
そう呟いたルギニアスは力任せに私の頭をガシガシと豪快に撫でた。
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