第90話 アシェリアンの泉
しばらく歩くうちに何度か魔蟲の姿も見かけた。しかし、先程の戦闘で疲労していることもあり、さらにはフォルーよりは劣るであろう魔蟲の魔石ならば採取する必要もないだろうと見送った。
見付からないよう、気配を殺しながら先へと進む。次第に陽も沈み出し、辺りが暗くなっていく。
「急ごう」
夜になると魔獣や魔蟲の活動も活発になる。昼間もそれなりには活動しているが、昼間動かない魔獣や魔蟲が夜に動き出す。それらは昼間の魔獣たちよりも強いものたちだったりする。
だから基本的に夜には私たちも活動はしない。それだけ危険になるからだ。
今回は強い魔石を求めての採取だが、しかし命に関わるような採取はしたくない。自分だけでなく二人の命を危険に晒してまで行うつもりはない。それはやはり魔石精製師としての責任だと思う。
他人の命を懸けてまで行うものではない。
途中、魔蟲に見付かり、走って逃げる。魔蟲は追いかけて来るため、必死に走る。ディノとイーザンはさすがに早い。足手纏いにならないよう付いて行くのに必死だ。二人は私を気にしつつ、ディノは方向を確認しながら進み、イーザンは私の後ろを護ってくれていた。
フォルーの魔石採取や、半日歩き続けた疲労のせいで、走ることが限界を迎えそうになったとき、急に開けた場所に出た。
目の前にはキラキラと月の光が水面に反射し、煌めく泉が目の前に広がった。
「おぉ、ここがアシェリアンの泉か!」
ディノが泉の前で足を止めると、素早く後ろを振り向き、剣を構えた。私はというと疲労困憊で息も絶え絶えになっていたため、急に止まることが叶わず、思わずディノに激突してしまった。
「「わぁっ!!」」
ディノが驚いた顔をし、剣片手に私を抱き止めた。その後ろでイーザンが振り向き魔導剣を素早く抜き後ろに振り向く。
追って来ていた魔蟲は木々の切れ間で急に止まったかと思うと、まるで壁でもあるかのようにその場からこちらには入って来なかった。いや、正確には入ろうとしているのに、なにかが阻んでいる、といった感じかしら。まるで結界……。
「アシェリアンの泉と呼ばれているのが理解出来たな。まるで結界でもあるかのようだ」
私が思ったことと同じことを考えたイーザンが魔導剣を鞘に収め、こちらを向いた。
「…………いつまで抱き合っているつもりだ?」
イーザンが冷めた目でこちらを見て言った。
「「!?」」
ディノに抱き締められたままになってた!!
慌てて身体を離す。
「ご、ごめん!! 止まれなかった!!」
「い、いや、俺も急に止まって悪かった!!」
二人してあわあわしていると、イーザンがそそくさと泉の傍へと歩き出す。
「野営の準備をするぞ」
「「あ、はい」」
ディノは剣を鞘に収めると、チラリとこちらを見たがすぐさま視線をイーザンのほうへと向けると行ってしまった。
私はというと……なんだか顔が熱い気がするのは気のせいよね……うん。
ディノの後ろ姿にチラリと目をやると、なにやらビクッとしたディノが辺りをキョロキョロと見回していた。ん? どうしたのかしら。
「早くお前も用意をしろ」
頭をビシッと叩かれた。
「ル、ルーちゃん……痛い」
「ふん」
ルギニアスに促され、なんとなく心がそわそわしていたのを落ち着け、二人の元へと駆け寄った。
「なにしてるの?」
イーザンは泉の傍で膝を付き、泉を眺めていた。そして手を伸ばすと泉の水を掬い取る。
「いや、この泉になにか魔力でもあるのかと思ったんだが……」
掬った水を眺め、そして少し口に含んだイーザン。
「なにか普通の水と違うの?」
ディノと一緒にイーザンの掬った水を覗き見る。
「見た感じ普通だけどな」
イーザンはおもむろに立ち上がると、マントを脱いだ。そしてなぜか上着を脱ぎだす。
「ちょ、ちょ、ちょっと!! イーザン、なにしてるの!?」
「お、お前、なにしてんだ!!」
いきなり上半身裸になったかと思うと、靴を脱ぎ泉に足を付けた。細いかと思っていた身体は引き締まり、魔導師よりも騎士が似合いそうなほど、均整の取れた筋肉質な背中。綺麗な肌が月明りでやたらと艶めかしく感じる……め、目のやり場に困るんだけど!!
ディノと私の疑問に答えることなく、イーザンは泉の中心に向かってしまった。
ざぶざぶと進んで行き、次第に腰まで水に浸かったイーザンはなんだか水の精霊のように美しかった。
い、いやいや、そんなこと考えて見惚れている場合ではない。イーザンはなにをしようとしているの?
胸の辺りまで水に浸かると、そのまま潜ってしまった。姿の見えなくなったイーザン。
「な、なにやってんだ、あいつ……」
「なにか感じるな、この泉……」
ルギニアスが私の頭の上で呟いた。
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