第91話 水底
「なにか感じる?」
「あぁ……不愉快な気配だ」
「は?」
不愉快な気配とは……。イーザンが潜った辺りの魔力と魔石の感知を行ってみようかと集中したとき、泉の中心からザバァッとイーザンが浮かび上がった。濡れてしまい顔に垂れた髪を掻き上げ、こちらへと戻って来る。
全身ずぶ濡れで下半身は水を含んだズボンが貼り付いている。長い髪は胸に貼り付き水を滴らせていた。な、なんだか艶めかしい……。
「おい、なにやってんだよ。なんかあったのか?」
ディノが泉から上がって来たイーザンに駆け寄る。
「泉の底に魔石のようなものがあった。どうもそれが結界の役目を果たしているんじゃないかと思う」
「「魔石?」」
イーザンの言葉に私もディノも聞き返す。
「あぁ。魔石と呼べる代物かは分からないが、なにやら力を発する石のようなものが埋まっているんだ」
「私も見に行く」
「「は!?」」
感知をしたら大体のことは分かるんだろうけど、私も実物を見てみたい。そう思い口にすると、ディノとルギニアスがハモッた。
おもむろにマントを脱ぎ、上着を脱ごうとすると思い切りルギニアスに叩かれた。
「馬鹿かお前は!! こんなところで脱ぐな!! そいつとは違うだろうが!!」
ルギニアスは私の頭をこれでもか、というくらい拳で殴り、イーザンを指差し言った。
「痛ったい!! さすがに私だって全部は脱がないわよ!!」
ルギニアスとギャーギャー言い合っていると、ディノは顔を赤らめ横を向いた。イーザンは呆れたような顔。
「ルーサが潜るならそのまま行け。後で乾かしてやる」
「乾かす?」
イーザンに目をやると、なにかを呟き魔法を発動させた。すると、イーザンの身体の周りを柔らかな風が巻き起こる。下から吹き上げるように風が舞うと、イーザンの身体に滴っていた水が風に絡め取られるように舞い上がっていく。
髪は大きく巻き上げられ、ふわりと風が抜けるとイーザンの身体はすっかり乾いていた。
「あ、風魔法ね」
「あぁ。だから服は乾かしてやるから脱ぐな。ディノが鼻血を噴くぞ」
「え……」
「だ、誰が鼻血なんか噴くか!!」
顔を真っ赤にして怒るディノの姿に笑いそうになってしまった。
「アハハ、じゃあお願いするね。このまま潜ってみる。ディノはどうする?」
「あー、ついでだし、俺も見てみるかな」
そう言ったディノはイーザンと同じく上半身裸となった。こ、これまた良い身体で……。イーザンよりさらに引き締まっている。
「あのさ、乾かせるならなんで脱ぐの?」
素朴な疑問を口にすると、二人とも考えるでもなく答えた。
「「泳ぎにくいから」」
ですよねー……ハハハ。私も出来れば服がないほうが動きやすいけどね……。
服は仕方ないにしても、靴だけは脱いで泉へと入っていく。ひんやりと冷たい水は体温を下げる。次第に深さが増してくると、ルギニアスが私の頭から降りて先に水のなかへと入った。
ディノもそれに続くように潜っていく。
さあ、私も潜るわよ、となった時点で、一瞬身体が強張った。ん? そういえば私、泳いだことないんだった! え、大丈夫かしら……ま、まあサクラのときには泳げていたはず。なんとかなるか……な?
えぇい!! と大きく息を吸い、勢いで潜った。
サクラの記憶を必死に手繰り寄せ、なんとか潜っていく。水底は思っているよりも深く、しかしとても澄んでいて、月明りがきらきらと水中にも差し込んでいる。水面は夜の色と月明りを映しゆらゆらと綺麗だ。
魚が泳いでいるわけでもない。なにもない澄んだ水。あるのは私たちの姿と落とす影だけ。なんの音もない静かな世界。神秘的だった。
先に泳ぐルギニアスとディノが私を振り返り、指を差した。そこはこの泉の中心にあたる底のようだ。そこまで泳ぎ着くと、底に目をやった。ディノと目配せで頷き合い、さらに近付く。
水底は岩肌のように灰色の地面が連なり、所々に草が生えていた。そしてその岩肌の割れ目のように一ヶ所大きな穴が開いている。しかしそれは穴ではない。穴に蓋をするように嵌まっている紫の宝石のような石。
私の手を二つ分にしたくらいの大きさの石。それが水底の蓋のように埋まっている。
これは……。
触れてみようと近付いたけれど、これ以上は進めないようなそんな反発を感じ、その石に触れることは出来なかった。仕方がないのでそのまま魔石感知を行ってみる。
あまり長くは潜っていられない。急いで集中よ!
その石の内部を感知で探る。その石は魔石のようなそうでないような不思議な気配を放っていた。今まで感じたことがない気配……いや、ちょっと待って……なにかどこかで感じたことがあるような……。
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