第79話 ミスティアさんの過去
「私は魔導師団で当時副団長をしていたんだ」
「え、凄い」
「ハハ、そんな凄い訳じゃない。魔力の強さで選ばれたようなものだ」
アハハと笑っているミスティアさんだが、魔力の強さで選ばれるっていうのも十分凄いんじゃ……。
「そのときある村が魔物に襲われていると連絡が入ってね。我々魔導師団と騎士団が討伐に出た。魔物自体は二匹だけで、討伐自体はさほど苦労はしなかった……だが……」
「…………」
横に歩くミスティアさんの顔を見ると、少し躊躇いがちに一度言葉を詰まらせ、そして再び話し出した。
「二匹を倒した後に小さな魔物をもう一匹見付けたんだ」
「小さな魔物……」
「そいつは本当に小さくて、弱々しくて、見たところまだ子供のようだった……。だから……私は……殺すのが忍びなくてね……見逃してしまった……」
ミスティアさんは当時を思い出してか少し辛そうな顔をした。私はこのまま聞いても良いものなのだろうか、と迷った。迷ったけれど、私が聞きたいと言ったのだ。なにか辛い過去なのかもしれないと分かっていたのに、私の我儘で聞いた。だからこれはちゃんと聞かなければならないと思った。
私はなにも言葉に出来ず、ただ黙って聞いていた。
「見逃した魔物の子供は……私の目を離れた後、村の人間を襲ったんだ……」
「え……」
「子供だろうが魔物は魔物。攻撃能力のない人間と比べたら圧倒的に強かった。村の人間は半数以上殺された……」
言葉が出なかった。
「大半の人間を殺された後、私は自分が見逃したことを激しく後悔し、自らの手でその魔物の子を殺した。一度見逃した私に殺された魔物はどう思ったろうな」
ハハ、とミスティアさんは自嘲気味に笑った。
「生き残った村の人たちは私を責めなかったよ。感謝だけだった。クリスもそのうちの一人だ。その村の生き残りでね。私が戦う姿に憧れて魔導師団に来たそうだ。」
強気のミスティアさんからは想像出来ないほどの辛そうな顔。
なにを言っても慰めにもならない。ミスティアさんは自分を責めている。起きてしまった過去は変えられないことを理解している。そうやって受け止め前に進んで来たんだ……やっぱり強い人……。
「それ以来、戦うのが怖くなってしまってね。情けない話だが。魔導師団副団長を退いて、今は魔石付与部で働いていると言う訳だ。まあ早い話が逃げたのさ」
こちらに視線をやりながら苦笑していた。
「逃げじゃないと思います」
「?」
ミスティアさんはキョトンとした顔をした。
「ミスティアさんは逃げだと言うけれど、本当に逃げたいなら魔導師団自体を辞めたら良いじゃないですか。街で魔石付与の仕事もあるし、仲介屋で護衛という仕事もある。他の土地へ行ったって良い」
「…………」
「でもミスティアさんは今もまだ城にいる。魔導師団の所属のままじゃないですか。それはやはり完全に離れてしまうことのほうが逃げだと思ったからでしょう? 戦うことは出来なくとも、その出来事を忘れないようにするために、ここに残ったんじゃないんですか?」
「…………フッ。アハハハ!」
突然笑い出したミスティアさん。え、なんで? 笑うところ? な、なんか変なこと言った!?
「な、なんで笑って……あ! というか、生意気なことをすみません!!」
あわわわ、なんて偉そうに! 年上の人に、しかも部長! さらには元副団長! 私みたいな小娘がなに言ってんのよぉぉお!!
「アッハッハッハッ!! いや、いい、気にするな! ルーサの言う通りだ!」
そう言いながら私の頭をガシガシと豪快に撫でた。
「ダラスの弟子はなかなか鋭いな! ルーサの言う通りだよ。私は逃げた気になっていたけれど、そうじゃなかったんだな。やはり離れられないというのが大きい気はするが……私自身、忘れてはいけないことだとずっと思っていた……」
撫でていた頭から手を離すと、ミスティアさんは笑った。その顔はいつものかっこいいミスティアさんだった。
魔導師団演習場まで案内してもらい、その横にある二階建ての建物、そこに試験会場があると教えてもらった。
「ありがとうございます。それと……話しにくいことを聞いてしまい、すみませんでした」
「いやいや、私もルーサに話せて、自分の想いがハッキリして良かった。ありがとう。試験頑張るんだぞ!」
「はい!」
ミスティアさんは手を振り去って行った。その後ろ姿を見詰め、ふと気になった。
「魔物の子供……親が殺されて怒った……?」
魔物に感情はあるのかしら。それともただ人間を攻撃したいという本能? ルギニアスは魔王だと自身で言っている。魔王なんだとしてもルギニアスに感情がないとは思えない。人間の私たちと一緒よ。
『…………』
呟いた言葉にルギニアスはなにも言わなかったが、なにかルギニアスの心が揺らいでいるような気がした……。
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