第56話 特殊魔石の結晶化

「他にも数匹いるかもしれんから気を付けろよ」


 ゲイナーさんが少し周りを見回し言った。ウルーは群れでいることのほうが多いそうだ。その数は二匹から数匹だったりと様々らしいが一匹でいるほうが少ないらしい。ということは、この一匹だけでなく、戦闘中に仲間が駆け付ける可能性もある。ゲイナーさんの言葉にシスバさんもダラスさんも深く頷いた。


 ゲイナーさんとシスバさんは私たちをその場に残し、そっと移動して行った。そしてウルーの正面にあたる位置まで移動するとなにかを投げた。投げたものは地面に当たった瞬間白い煙を噴き出し辺りに霧のようなものを充満させる。


 ウルーは投げ込まれたそれにピクリと反応を見せると飛び退いた。人間では到底出来ないだろう距離の跳躍。そして一気に臨戦態勢に入った。唸り声を上げている。


『グルゥゥウ』


 ゲイナーさんが木陰から石を投げた。それをひらりと躱したウルーはゲイナーさんを見付け突進してくる。しかしすでにゲイナーさんは素早い動きで走り回りウルーの背後へと移動しようとしていた。


 ウルーもそれに合わせるかのように方向転換し追いかける。そこへシスバさんは方向転換したウルーの背後から炎を放った。それは炎の道のように地面を這いウルーの背後を襲う。それと同時に一気に燃え広がった。


「え!? な、なんか凄い炎が!」


 ウルーの周りを囲むように辺り一面炎の海に。炎に囲まれたウルーは戸惑うような仕草を見せていたが、上に高く跳躍した。それを待っていたかのように、ゲイナーさんも跳躍し、下から突き刺すようにウルーに剣を突き立てた。


 ゲイナーさんの剣はウルーの肩を貫いたが、しかし身体を翻し、炎を逃れたウルーは雄叫びを上げ、口を大きく開いた。


 開かれた口からは鋭い牙が見える。そしてウルーはその喉から炎を吐き出す。シスバさんが炎を放出したときと同様に、ウルーの出した炎は本来の威力よりも数段上の炎となり、周りに燃え広がった。ウルー自身が驚いた仕草で後退る。


「な、なんでウルー自身が驚いてるんですか?」

「あぁ、ゲイナーたちが投げた煙玉、あれはウルーの嗅覚を鈍らせる匂いと、さらにあの噴煙に炎を浴びせると燃え広がる。そうやって素早い動きの奴のときに足止めに使うんだ」


 横にいるダラスさんに聞くと、ウルーから目を離さないダラスさんは前を向いたまま説明してくれた。

 なるほど最初に投げ込んだ煙玉が燃えていたんだ。


 後退るウルーに向かって一気にゲイナーさんは剣を振るった。しかしさすが素早い魔獣なだけはある。ひらりと躱し大きく牙を剥いたウルーは鋭い爪と共にゲイナーさんに襲い掛かる。ゲイナーさんはウルーの牙と爪を剣で受け止め、その隙にシスバさんが背後から氷弾を撃ち込んだ。


 突然の背後からの氷弾に驚いたウルーは一瞬怯んだ。そしてその瞬間ゲイナーさんは一気にウルーの首にとどめの一撃を振るった。


 ウルーの首からは「ブシュッ」と音と共に血が噴き出す。


 い、今!?


 思わず駆け出しそうになったが、ダラスさんに止められる。


「まだだ」


 見るとウルーはまだ荒い息をしながら立ち尽くしていた。唸り声を上げ、激しく牙を剥きながらゲイナーさんを睨みつけている。口からは血が滴っている。最後の足掻きとばかりに血の滴る口を思い切り開けたかと思うと、周りに血をまき散らしながらゲイナーさんに噛み付こうとしていた。しかしそれはゲイナーさんに届くことはなかった。


 跳躍しながら迫り来るウルーの胸元に潜り込むと、ゲイナーさんは腹から剣を突き立て、そのまま上へと力を込めた。


「うおぉぉおおお!!」


 突き立てた剣ごとウルーの身体は横倒しに倒れ、ゲイナーさんの剣がウルーの身体に突き刺さっていた。


「お嬢ちゃん!!」


 ゲイナーさんが叫んだと同時に剣を引き抜く。ダラスさんに『バシッ』と背中を叩かれ、前のめりになりながら一歩踏み出した。


 剣が引き抜かれた瞬間、ウルーの身体から血が噴き出す。私は手を構え、大きく深呼吸をし集中した。


 ウルーの魔素と魔力が噴き出した血と共に流れ出す。そこへ結晶化の魔力を手に込める。手に込めた結晶化の魔力に反応するように、ウルーの血はゆるゆると集まり出す。


「くっ」


 結晶化の魔力とウルーの血に含まれる魔力が反応し合っているからなのか、凄い勢いで魔力を消費しているのが分かった。なにかお互いが引っ張り合うような、吸い取られるかのようなそんな感覚。

 少しでも気を抜けば、引っ張り合い均衡を保っていたのが、一気に吸い取られるだけになってしまうんじゃないかと思えた。これは均衡を崩せばきっと駄目になる。それが肌で分かった。


 引っ張られないように必死に魔力を繋ぎ止める。こちらに引っ張るように、手繰り寄せるようにウルーの血を操る。


 必死に手繰り寄せたウルーの血は川の流れのように空を舞い、私の掌へと集まっていく。魔力が混じった血はただ赤いだけでなく、キラキラと煌めき、澄んだ色となる。そして私の目の前で渦巻き出し、圧縮されていく。


 もう少し……もう少しよ……。


 集中力が切れそうになるのを必死に堪える。圧縮されていく血は渦を巻いたまま、小さく丸くなってコロンと私の手の上に収まった。


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