第42話 薬物研究所植物園

 魔石付与部を後にし、研究所棟へ来る時に通った植物園へと向かう。硝子造りの建物へとたどり着くとウルバさんが扉を開けなかへと促した。

 硝子に光が反射し、キラキラとしている。建物のなかは空調管理がされているらしく、少し湿度が高いのか肌に纏わりつくような空気を感じる。


「ようこそ、薬物研究所植物園へ」


 出迎えてくれたのは金髪碧眼のとても綺麗な男の人だった。とても背が高く、上から羽織っている白衣を靡かせこちらに歩いて来た。


「フィルさん、今日は突然お願いしてしまいすみませんでした。ありがとうございます」

「ハハ、構わないよ。研究所の見学は出来なくて申し訳ない、お嬢さん方」


「薬物研究所所長のフィルさんです。こちらはリラーナさんとルーサさんです」


 フィルさんはニコリと優しい笑顔でこちらに微笑んでくれた。リラーナと二人で挨拶をし、リラーナは「かっこいい人ね」と小声で話したかと思うとウキウキした顔になっていた。


「自由に見てくれて構わないが、毒性のある植物もあるから触らないようにね」

「毒!」


 リラーナが驚いた顔をすると、フィルさんはクスッと笑った。


「植物には毒のあるものも多くある。しかしその毒は薬になったりもする。そういったものをうちでは研究しているんだよ」

「「へぇぇ、そうなんですね」」


 リラーナと二人で驚きの声を上げていると、フィルさんは嬉しそうに微笑みながら植物の説明をしてくれた。


 今いるところは暖かいが、別の部屋はまた違った気温管理で寒い環境だったり、暑い環境だったりと様々な気温を想定して育てられているらしい。その植物が一番育ちやすい環境に合わせた気温で栽培をしている。


 食べられる果実のものや、怪我に塗る薬となるものなど、そのままで食べたり使えたりする植物も多くあるが、加工しないと使えない薬草もあるそうだ。


「そのままで使うことが出来ないものは、すり潰し他の薬草と混ぜたり、乾燥させたり、逆に煮込んだり、と様々だね。しかし混ぜてはいけないもの同士で混ぜると猛毒になったりもするから要注意だったりする」

「え、怖っ」

「ハハ、しかしその猛毒が魔物から受けた毒の中和に使えたりもする」

「えぇ、そうなんですか!?」


 リラーナと驚き顔を見合わせる。


「魔物の毒なんて受けたことがないから、どんなものか知らないけれど、とても強力な毒なんでしょうね……」

「そうだね、魔物の毒は厄介でね。普通の毒消しでは全く効果がないんだ。魔導師の治癒魔法かこういった猛毒から作る毒消しか、しか効かない。

 治癒魔法も普通の回復魔法では効かないんだ。魔物の毒の中和魔法だからね、使える人も限られてきたりする。猛毒の毒消しも、魔物の毒を中和してくれるのは良いが、その猛毒のせいで後遺症が現れたりもする。だから使用するにも覚悟が必要とされる」

「そ、そんなに厄介なんですね……」

「だから毒を持つ魔物と戦うときは、騎士団は相当気を遣うそうだよ」


「「…………」」


 リラーナと二人して言葉を失くしてしまった。騎士団の人たちは、魔物討伐は本当に大変な仕事なんだろうな……。



「こっちの薬草とこの薬草を混ぜ合わせて魔力を送ると回復薬に、こっちとこっちの薬草は魔力回復薬になる」


 フィルさんは薬草を指差しながら作ることの出来る薬を説明してくれる。


「回復薬や魔力回復薬、傷薬や毒消しはうちの研究所内の研究担当とは別の薬剤師が担当して作っているな」

「薬剤師……」

「薬を作るには魔力を混ぜ合わせる必要があるものもあってね。だからそれが得意なものたちが担当している感じだな」

「へぇぇ、色々な仕事があって面白いわね」

「うん」


 魔導研究所にしろ、魔石付与部にしろ、薬物研究所にしろ、色んな人たちが色んな仕事をしているということが凄く面白い。今日は見学出来なかったけれど、魔獣研究所もきっと凄く面白いんだろうなぁ。いつか見学させてもらいたい。


 その後も他の気温部屋へと連れて行ってもらったり、育てている食べられる果実を特別に食べさせてもらったりと、満喫させてもらい、フィルさんにお礼を言って植物園を後にした。

 リラーナがなんだか名残惜しそうにしていたのが少しおかしかったけれど。



 植物園を離れ城門へ向かって歩いている途中、なにやら人の怒鳴り声のようなものが聞こえて来た。振り向くと遠目に貴族らしき人が誰かに怒鳴り散らしている。


「あぁ、ランガスタ公爵ですね」


「「えっ!?」」


 ランガスタ公爵ってあの『ランガスタ公爵』!?


 思わず駆け出しそうになり、リラーナに止められた。ガバッとリラーナに振り向くと、悲痛な顔をしながら頭を横に振っている。


「だめよ、ルーサ。いくら話を聞きたくとも、相手は公爵。そんな簡単に声を掛けられる人じゃない」

「リラーナ」


 思わず泣きそうになり必死に堪える。


「ど、どうかされましたか?」


 ウルバさんが心配そうに声を掛けてくれるが、私は答えることが出来ずに、リラーナの胸に顔を埋めた。

 リラーナはウルバさんに「なんでもない」と誤魔化してくれたが、ウルバさんは戸惑いながらも私が落ち着くまで待ってくれた。


 大きく深呼吸をし、なんとか心を落ち着けるとウルバさんに謝って笑顔を向けた。ウルバさんはなにか疑問を感じてはいるようだったが、それを私に聞かないでいてくれた。そうやって気遣ってもらえたことに感謝し、なんとか元気を取り戻したように振舞った。せっかくの研究所棟への見学なんだもの、楽しく終わりたいしね。



「ウルバさん、今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです! 凄く勉強になったし!」


 城門まで送ってくれたウルバさんにリラーナとお礼を言う。さっきは突然の出来事で混乱してしまったけれど、本当に楽しかったんだから!


「それは良かったです。ご招待した甲斐がありますよ」


 ウルバさんは優しい笑顔でそう言った。


「またいつでも見学したいときはおっしゃってくださいね」

「はい! ありがとうございます!」



 一日満喫していたため、すでに夕陽が眩しかった。リラーナと二人で「お腹空いたね」と笑い合いながら王都の街並みを歩く。ランガスタ公爵のことについてはお互い口にはしなかった。心残りであることは事実だけれど、実際公爵に話を聞くなんてこと、出来るはずがないことは私自身も分かっていたのだから。


 夕食時にはランガスタ公爵のことは心にしまい、ダラスさんに今日あったことを二人で話しまくったのだった。

 あ、魔導研究所で気付いた『あれ』をダラスさんに確認しないとね。

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