第36話 初代聖女

「いやぁ、すみません! お二人が来られる前になんとか片付けようとは思ったのですが、どうにもこうにも片付かず……結局ほぼいつもと変わらない感じで……アハハハ……」


 ウルバさんは頭を掻き苦笑する。


 あちこち書物の山の向こうに人影は見えるのだが、みんなこちらに気付き、立ち上がるとあちこちで雪崩が起こっていた。



「や、やあやあ、こんなむさ苦しいところにお嬢さん方ようこそ。ちょっと散らかっているのは許してくれ」


 ガサゴソと掻き分けこちらへ向かって来るのは、灰色のボサボサ髪に無精髭、眼鏡を掛けた男性。ウルバさんと同じようなローブを着ている。年齢的にはウルバさんより少し上くらいかしら。


「所長!」


 足の踏み場もないところをなんとか少しの隙間を見付け歩いて来る男性を、慌ててウルバさんが助けに入った。よろけて転びそうになっている男性の腕を掴み、なんとか私たちの元まで。


「か、彼はこの魔導研究所の所長、ジオラスさんです」


「アハハ、ウルバくん、ありがとう。ようこそ、魔導研究所へ。私はジオラス。ウルバくんが紹介してくれた通り、ここの所長をさせてもらっている。と言っても、私はなにもしてないけどねー。みんなが優秀だし」


 ジオラスさんはワハハと大口で笑いながら、ウルバさんの背中をバシバシと叩いている。ウルバさんの顔が引き攣っているように見えるのは気のせいかしら……。


「突然お邪魔させていただきすみません。今日はありがとうございます」


 リラーナが丁寧に挨拶をし、私もそれに合わせて頭を下げる。


「アハハ、礼儀正しいお嬢さんたちだねぇ。そんな畏まらなくて良いから、好きなだけ見ていってくれて良いよ。あ、ただし資料は一応誰かに見て良いか確認してからね」


「「ありがとうございます」」


 あまりの乱雑っぷりにどこをどう見て良いのやら、若干困惑したが、とりあえずウルバさんに確認しながら床に転がる書物を片付けていき、ついでに内容を色々教えてもらった。


 隣の部屋には実験部屋があるらしく、そこでは実証実験などもするそうだ。色々な魔法の応用を考えたり、魔素から魔力が発生する仕組みを研究したり。実験部屋では保護結界が張られているらしく、その部屋でなら外部に影響が出たりはしないらしい。

 危険な魔法を行う場合はその部屋で自身にも結界を張りつつ、実証実験を行うそうだ。


 ウィスさんのところで見たような魔導書も山ほどあり、それよりもさらに専門的なことが書かれてあるのか、見ても全く意味が分からないものばかりだった。


 そんなときに目に付いたのが『聖女について』。


「聖女について……」

「ん? ルーサどうしたの?」

「これ、聖女についてって。聖女って結界を張ってくれているとは知っているけど、あまり詳しいことを知らないなぁ、と思って」

「んー、そういえばそうよね。聖女といえば、

『大昔にどこからともなく魔王が世界に現れ、魔物が大群で押し寄せた。我が国だけでなく、獣人の国、天空の国の人々も皆、人間たちは共闘し、応戦したが力の差が歴然だった。魔王軍に押され、人間たちは滅びようとしていたらしい。しかし、そこに女神アシェリアンの加護を持つ聖女が現れた。

 聖女は魔王と戦い、そして封印することに成功した。魔王を失った魔物たちは統率力を失い、数を減らした。そして魔界とこの世界を繋ぐ大穴に聖女は結界を張った。

 それ以来魔物が人間を襲うことは減っていった。

 この世界は聖女の結界によって守られている。』

 これくらいしか知らないわよね」


 リラーナが昔勉強した内容を口にした。


「うん。あとは今もまだ代々聖女が結界を張っているってくらいかな」

「うん、私もそれくらいしか知らない。なんか書いてあるの?」


 リラーナは私が持つ書物を覗き込んだ。ウルバさんに読んでみても良いか確認し、書物を開く。

 そこには初代聖女について書かれているようだった。


「初代聖女については謎なことが多いそうです。どこから現れたのか、魔王との戦いについて、どうやって勝利したのか、結界を張ってからは一体どこへ行ったのか」


 ウルバさんは書物の文章をなぞるように触れ、ページを捲る。


 書物に残る聖女の伝説は昔話で語られるような内容ばかり。ただ、私たちの知るものより、少しだけ詳しく書かれていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る