第37話 慈愛の女神と三国の均衡
『聖女は現在の女神アシェリアンの神殿のある地に突然現れた。女神アシェリアンがその地を作り、聖女を生み出したのでは、と言われている。神殿の地はこの世の誰もが知らぬ土地。だから誰もが聖女が現れた瞬間を知らない』
「んん? じゃあそれって結局聖女がどうやって現れたかは分からないままってことよね?」
「そうだよね……」
『その後聖女はアシェルーダに現れる。その当時のアシェルーダ王に聖女であることを伝え、魔王との戦いのために三国に援護を要請した。
突然現れた少女にアシェルーダ王は聖女だと信じることが出来なかった。しかしその少女は王の前で襲って来た魔物を浄化して見せた。聖女の奇跡を目の当たりにしたアシェルーダ王は、二国の王に援護を要請した。
聖女は三国の援護の元、魔王軍と戦い勝利する。そして魔物が溢れる大穴を結界で塞ぎ、そして姿を消した』
『聖女はこの先結界を守るために、アシェルーダに聖女の力を保有する者が生まれる、という言葉を残した』
「この言葉のおかげで三国の力は均衡を保たれているのだと聞いたことがあります」
ウルバさんが言う。
「三国の均衡?」
「えぇ。獣人たちの国『ガルヴィオ』は物づくりが得意で、もし争いになれば、我が国では兵力的にとても敵わないと聞いたことがあります。天空の国『ラフィージア』も同様。こちらは魔力が異常に高い人種だと聞いたことがあります。魔法戦になればとても敵わないと」
リラーナと二人で初めて聞くその内容に顔を見合わせた。
「そ、そうなんですね……でもそれがなぜアシェルーダのような特化したところのない国が均衡を?」
アシェルーダの人々はガルヴィオやラフィージアのように、特別優れた技能があるとは思えない。物づくりだって魔力だって至って普通じゃないかしら。だからといって他に優れたものがあるかと考えてみてもすぐには思いつかない。そんな国だ。
別に自国の人々を貶めている訳ではない。際立って優れたものがなくとも私の周りの人々は良い人ばかりだし、国自体も平和だし豊かだと思う。だから私自身はこの国が好きだし、他国を羨む気持ちもない。知らないだけじゃないのという突っ込みはこの際無視しといて……。だからといって際立った技能があるのかというと、それは別の話だ。
「そのための聖女なのさ!」
突然背後からジオラスさんが声を上げビクッとなる。振り向くとジオラスさんが腕組みし、床に座り込んでいる私たちを見下ろしていた。
「そのための聖女?」
「三国のなかで唯一、アシェルーダは『聖女』を輩出する国だからね! 他の二国には聖女が現れない。だからおいそれと二国はアシェルーダに攻め入ることは出来ない。だから三国は昔から均衡を保ってきているのさ」
「なぜアシェルーダにしか聖女が現れないんでしょうか」
素朴な疑問を投げかけてみた。
「うーん、なんでだろうねぇ。そこが分からない。そこも研究対象なのだが、私としては三国の均衡を保つために、わざと何の力もないアシェルーダに現れたんじゃないかと思うのだよ」
「わざと……」
「うん。女神アシェリアンは慈愛の女神だからねぇ。万物全てのものに慈愛を注いでくださる」
「万物全てのものに慈愛……では魔物にもですか?」
「うーん、どうだろう。しかし万物全てなら、魔物も、かなぁ」
ジオラスさんは顎に手をやり考え込んだ。
「でも三国に魔物を退治させたんじゃ……」
「うーん、そうだよねぇ……そこもまだ詳しくは分からないんだよね」
ジオラスさんはふむ、と考え込んでいる。女神アシェリアンについてや聖女については未だに分からないことが多い。いつか分かる日が来るのかしら……。
ふと、ルギニアスのことを思い出した……。ルギニアスが魔王……そんなはずないわよね……。
ブツブツと呟いているジオラスさんはなにやら考え込んでしまったので、さらに書物を読んでいくと、リラーナがあるページで手を止め、声を上げた。
「聖女の容姿について書かれてあるわ! 凄い! 容姿についてなんて初めて知ったわ!」
リラーナが嬉しそうに書かれた一文に指をさす。
『髪も瞳も銀色に輝き、真っ白な肌に薄紅色の唇、まるで女神アシェリアンを生き写しにしたような姿だった』
女神アシェリアンの姿は像に残るくらいだ。多くの書物に想像ではあるが姿が記されている。その姿とそっくりだったということ? 聖女は女神の生まれ変わりとか? それなら凄い話だけど、うーん、所詮昔話なのよね。実際どうなのかなんて分からないもんねぇ。
そう思ったことを見透かされたのか、ジオラスさんはニッと笑って楽しそうに語り出した。
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