第29話 伯爵と夫人とお嬢様の行方
ひとしきり屋敷の周りを見て回ってもなにもなかった。あそこはお母様と歩いたな、とか、あそこは私の部屋だった窓だな、あそこはお父様の書斎だな、とか、そんな思い出が蘇るだけだった。
街へ歩いてみると皆少し不安気な顔だったような気がする。皆、今後この街がどうなっていくのか不安なのだろう。
話を聞いても皆、不安と共にローグ伯爵、お父様とお母様を心配してくれる声ばかりだった。
「あのローグ伯爵と夫人が無責任にいなくなったりなんかしない」
「きっと事件かなにかに巻き込まれたんだ」
「屋敷の使用人たちも可哀想に。国からの使者が来たと思ったら、すぐさま追い出されてしまったわ」
「伯爵と夫人の話は聞くけれど、お嬢様はどうなされたのかしら」
「そういえばお嬢様はどこへ行ってしまったのかしら」
次第にお父様やお母様の話ではなく、消えてしまったお嬢様、私の話となっていた。
「お嬢様がいらっしゃったのですねぇ」
ウィスさんのやり取りがある魔導具屋へと足を運び、そこで話を聞いた。私の顔がバレることはおそらくないだろうけれど、それでも覚えている人もいるかもしれない。少し緊張しながらウィスさんの横で話を聞く。
「あぁ。遠目でしか見たことがないけれど、伯爵や夫人と同じように優しく可愛らしいお嬢様だったよ。一体どこへ行ってしまったのか……」
「伯爵たちが行方不明になるときにお嬢様はいたんですか?」
「さあなぁ、俺たちは滅多にお屋敷に出向くことはなかったし。行方不明になっていたことも、国からの使者が来て、使用人たちが騒がしくなったから、街の俺たちも気付いたってくらいだしな」
「伯爵たちが行方不明になってから国から使者が来たんですね?」
ウィスさんが真面目な顔で聞いた。
「詳しくは知らんが、確かそうだったはずだ」
「うーん、なるほど……」
魔導具屋の店主にお礼を言い、お昼を食べようと店に入った。昼食を取りながら先程聞いた話をする。
「行方不明になってから国の使者が来るということは、やはり伯爵は自らの意思で姿を消し、爵位返上したということかなぁ」
「そんなはずありません!!」
ウィスさんの言葉に思わず大声を上げてしまう。ウィスさんもリラーナも驚いた顔をする。
「あ、ご、ごめんなさい。でも……でも伯爵が自ら姿を消すなんて信じられない……」
「うん、そうなんだよねぇ。あれだけ領民から慕われている領主様が、領民を置いて、屋敷の人間たちを置いて、勝手になにも言わず消えるなんてありえないと思うんだよね」
「じゃあなんで……」
「うーん……なにか理由があるのかなぁ……」
三人で考え込んでもやはり理由は分からなかった。
お父様とお母様は私と別れてからすぐに爵位返上をしたの? そして使用人たちになにも言わずにいなくなってしまった?
どうして? お父様たちはそんなことをするはずがない……するはずがないと分かっているはずなのに……一体お父様とお母様はなぜ使用人たちにも何も言わずにいなくなってしまったの……なぜ……なぜ……。
いつまでも考えていたところで答えは出ない。
自らの意思で爵位返上したというのなら、きっとお父様たちが生きているのは確かなはず。なんの理由があったのかは分からないけれど、姿を消す必要があったのだろう。そう信じた。きっとどこかで生きている。今は会えないだけなのだ。きっと姿を消す必要がなくなれば戻って来てくれるはず。迎えに来てくれるはず。そう信じた。信じないと生きていけなかった。
夕方近くまで街をうろつき、色々話を聞いて回ってみたが、やはり出てくる返答は皆同じようなものだった。誰もお父様たちの行方を知る人はいなかった。それが分かっただけだった。
夕方になり乗合馬車で再び王都へと戻る。すっかりと夜になり、ウィスさんにお礼を言い別れた。帰ったときにはダラスさんが眉間に皺を寄せながら、「遅い」と叱られた。しかし、その言葉と共に頭をワシワシと撫でられ、それがとても温かく、でもなんだか切なく泣きそうになってしまったのだった。
その夜ベッドに横になりうずくまっていると、再びあの声が聞こえた。
『お前はなにも考えずに修行だけしていろ』
「……ルーちゃん?」
『ルーちゃん!?』
驚いた声を上げたルギニアスはポンッと飛び出し、再びあの可愛い姿を見せてくれた。
「ルーちゃんとはなんだ! 馬鹿にしているのか!?」
「え? だってルギニアスって長いんだもん。それにそんな可愛い姿なのにルギニアスって呼ぶより、ルーちゃんのほうが似合うじゃない」
「似合う訳があるか! やめろ!」
「えー」
「えー、じゃない!」
ブスッと文句を言うと、ルギニアスはその小さな身体で私の顔の横に座った。そして私の頬にそっと手を伸ばし触れた。小さな手、しかし温かい。
「フフ、私が修行で疲れて眠っているときに触れてくれていたのはやっぱりルギニアスだったのね」
「フン」
ルギニアスはそっぽを向いたが、触れるその手は優しくて、安心する。やっぱり夢じゃなかった。ルギニアス……なんだか、見守られているような、そんな安心感……。その理由は分からないけれど、両親のことにやはり不安があったのか、ルギニアスの存在が心強かった。
そしてルギニアスの触れる手に安心し、眠りに落ちていった……。
『ルギニアス、あの子をお願いね……』
ルーサの頬に手を触れながら、ルギニアスは遠い記憶を思い出す。
「フン、なんで俺が……」
ルーサの首にかかる紫色の石を手に取り、溜め息を吐いた。今の小さな身体では手から零れ落ちてしまう。顔を上げ、窓から見える月を眺めると、再び深く溜め息を吐いたのだった……。
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