第28話 屋敷へ

 あまり伯爵家と知り合いだったということも言わないほうがいいような気はするけれど、聞かれてしまっていたのならどうしようもないし、小さく頷いて見せた。


「そうか、なら心配だろうなぁ」

「おじさんは伯爵家の人を知っているんですか?」

「いや、直接知り合いという訳ではないがな、俺もよくロダスタには商売しに行っていたから、ローグ伯爵が領民にとても好かれていたのは知っているからさ」


 おじさんは複雑そうな顔をしながら話す。


「良い人だったようだしなぁ。領民も暮らしやすそうだったし、俺も商売がしやすかった。新しい領主様がどんな人間か知らんが、屋敷にいた使用人たちを全員解雇し離散させちまったんだからなぁ……この先あの街もどうなっていくんだか……」

「そ、そんな……」


 使用人たちが離散してしまったことは新聞で読んだ。領主が突然いなくなるなんてことは普通ないだろう。だから突然解雇されるなんてことも想定外だと思う。だからこそ次の領主がその場しのぎにしろ、次の職が見つかるまでそのまま雇ってくれたらいいのに、と思ってしまったけれど……それは甘い考えなのかしら……。

 次の領主様が良い人ならいいけれど……街のみんなはどうなってしまうのかしら……。お父様……お母様……。


 リラーナは心配そうに寄り添ってくれる。おじさんとウィスさんは二人とも神妙な面持ちで話している。

 外を眺めるとのどかな風景が広がり、今までのことなど夢であるかのように思えてしまう。でも今ここにお父様もお母様もいない。リラーナが繋いでくれている手の温かさだけが、私に安らぎを与えてくれていた……。




「ロダスタ到着です」


 馬車の動きが止まったかと思うと御者席から声がした。そして御者は簡易階段を設置する。私たちはロダスタの地に降り立った。


「俺は次の街まで行くから、ここでお別れだな」


 同乗していたおじさんはそう言いながら手を振った。馬車はまだ先へと向かって行った。


「さて、じゃあまずどこに向かう? 早速ローグ伯爵家の屋敷を見に行くかい?」


 馬車を見送り、一息ついたウィスさんは元気よく声を上げた。馬車を見送った街の入り口から振り向き街を眺める。


 あぁ、懐かしいロダスタだ。


 まだ数か月しか経っていないが、それでもやはり懐かしい。涙が込み上げて来そうになる。でも今は懐かしさを感じているときじゃない。色々調べてみないと。


「そうですね、とりあえず伯爵家のお屋敷を見てみたいです」


 行ったところできっと屋敷には入れないだろうし、なにもならないのかしれないけれど……なにか……なにか……。



 懐かしい街並みを歩く。王都と比べたら小さな街だけれど、それでも店が立ち並ぶ通りは賑やかだし、人もたくさんいる。少し外れた場所には畑も広がり、のどかな自然豊かな景色が広がる。

 そんな街の外れにローグ伯爵家の屋敷がある。


「伯爵家のお屋敷まで来たことはないけれど、のどかで気持ちのいいところだね」


 ウィスさんが屋敷を見上げながら言った。


「そう……ですね」


 屋敷の門は閉ざされ、門の外から見える屋敷前の庭園は、手入れがされなくなってしばらく経つのだろう、花は枯れ、雑草が生え、荒れ始めているようだった。敷地内には全く人はおらず、静まり返っている。胸が苦しくなった。


 エナ……みんなはこの屋敷を辞めてどこに行ってしまったんだろう……。せっかくこの屋敷の前にいるのに、誰もいない。誰にも会えない……。


 門の傍にはお触書のようなものが貼られ、立ち入り禁止であること、そしてランガスタ公爵の名があった。


「ランガスタ公爵……」


「ランガスタ公爵ってどんな人なんだろうね」


 リラーナも屋敷を見上げながら呟いた。


「あまり良い評判は聞かないなぁ……」

「ウィスさん、知ってるんですか?」


 ウィスさんは苦笑しながら話す。


「うーん、知ってるってほどじゃないんだけれど、知り合いの魔導師が城に勤務していてね。ランガスタ公爵の話を聞いたことがあるんだけれど……」


 大きな声じゃ言えないけれど、とウィスさんは小声で話す。


「どうも横柄な人らしくてね。城の魔石付与を専門の仕事としている魔導師は何人かいるらしいんだが、戦闘には出ないんだ。それ専属の部署だからね。それが当たり前なんだよ。それなのに、その部署を見下しているようで、戦闘にも出ない魔導師は役立たずだと大声で口にしていたそうだ」

「なにそれ、ひっどい」

「それ以外にも色々噂は絶えない人のようだしね……」


「そんな人がここの領主に……」


「屋敷の人たちはある意味解雇になって良かったかもしれないよね……ランガスタ公爵の元で働き続けるよりは違うところへ行ったほうが……」


 ウィスさんもリラーナも複雑な思いなのだろう。屋敷を見詰める姿は屋敷にいただろう人たちに同情しているようだった。


 これからこの街はどうなってしまうんだろう……。


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