第2話 洗礼式と神託
洗礼式と神託。
それはこの国、アシェルーダで必ず行われる儀式だった。
女神アシェリアンとその加護を受け戦った聖女を祀る神殿にて、十歳になると必ず皆誰しもが洗礼式を受けに行く。そしてそこで女神アシェリアンから神託が下るのだ。
その神託とはその人間が能力を授かるためのもの。
元々本人が持っている能力を開花させるための儀式と言われているが、女神アシェリアンからそのときに授けられるのか、そのときに能力が解放されるだけなのかは定かではないらしい。
魔法の能力を手に入れた者は、属性によって魔導師になったり治癒師になったり、生活魔法の場合は魔導具師になる者もいるそうだ。
それ以外にも鍛冶師の能力を持つ者は、ドラゴンを討つほどの武器を作り出すことが出来たり、料理人の能力を持つ者は、城に召し抱えられるほどの腕前となっていたり、と、様々な能力を持ち、この国の人々は神託の能力がその人の人生を支えていた。
この国では必ず皆が通る道。だからそれを疑問に思ったことなどはない。
「ついに神託を受けるときが来たのですね!」
神託を受けると自分の能力がはっきりする。ずっと自分の能力は何なのかが気になっていたのよね! 楽しみだわ!
ちなみにお父様とお母様の能力はよく知らない。いくら聞いても笑って誤魔化されてしまい、一度も教えてくれたことはないのだ。
貴族であろうが神託を受けるのは皆同じ。貴族の方々のなかには軍務に長けた能力を授かったり、政治に有効な能力を授かったりとかもあると聞いた。
それらの能力によって城での役職が決められているとも聞いたことがある。
しかしお父様もお母様も他の貴族のように登城や社交界などに赴いたことがない。話で聞いたことがあるだけだが、本来ならば貴族というものは城へ赴いたりするものなのでしょう?よく知らないのだけれど。
お父様もお母様も領地の視察という名目でお散歩しながら、領民と世間話をしたりしているのは見たことがある。でも、それだけだ。他に貴族らしいことをしているところは見たことがない。
だから私も他の貴族の方々に会ったこともなければ、社交界というものに赴いたこともない。どうしてなんだろう。それを不思議に思ったこともある。けれど、その理由を教えてくれたことは一度もない。
その貴族らしからぬというか、良い意味で親しみやすいローグ伯爵家。おかげで領民とはすっかり仲良し。使用人たちとも気さくな関係で、他の貴族の方々が見れば、激怒しそうなほどローグ家と他の者たちとの距離感は近かった。
「お前の洗礼式の前にいつものように私たちは出かけなければならないんだ。皆と留守番を頼んだよ。その後には王都へ洗礼式だ」
そんなローグ家だが、一年に一度だけお父様とお母様がどこかへ出かけ、一週間ほど帰って来ない日がある。
物心がついて初めてそのお出かけを聞いたとき、一緒に行きたいと泣いたのだが、一緒には行けないと言われ、お母様の悲しそうな顔を見てからは、子供心にそれ以上なにも言えなくなってしまった。
どこへ行くのか尋ねても教えてもらえず、王都へ行くのならお土産をよろしく、と伝えても、王都ではないから土産は買えない、と言われる始末。
お父様もお母様も困った顔で、なにも聞けなくなってしまい、それからはただ大人しく留守番をしていることにしたのだった。
「はーい! お気をつけていってらっしゃいませ」
笑顔でそう答えると、お父様もお母様も笑顔で頭を撫でてくれた。
結局なにも私には教えてくださらないのよね。いつも笑顔で見送りながら内心ぶすっと拗ねてみるのだった。
何事もなく使用人たちと楽しく過ごしている間に一週間が過ぎ、お父様たちが帰って来ると、それもいつも不思議なのだが、お母様が酷く疲れた様子で帰って来る。
心配になりお母様に理由を聞いても笑って「大丈夫よ」と言われるだけなのだ。いつもそれ以上聞くことが出来ない。何も教えてはくださらない。それを寂しくも思うが、子供の私には踏み込めないことなのだろう、と自分を納得させた。
「さて、来週にはお前の誕生日だ。パーティーを行った翌日には王都へ出発するからな。準備をしておきなさい」
「はい!」
やった! やっと王都へ行けるわ! 洗礼式も楽しみなのだけれど、それよりも王都へ遊びに行けるのがもっと楽しみ!
何度か行ったことはあるのだけれど、とても大きな街で圧倒されちゃうのよね。たくさんの店に高い建物がたくさん!食べ物もとても珍しくて美味しいものがたくさんあったし、服の仕立て屋や魔導具屋、武器や防具を売っていたり、多くの店が賑わい、行き交う人々の多さにも驚いた。
そのなかでも一度連れて行ってもらった魔石屋さん! 宝石を握って産まれて来たからなのか、どうにも宝石に目がないのよね! キラキラしていてとっても綺麗なんだもの! ついじっくりと観察しちゃう。
あまりに食い入るように見ていたものだから、お父様もお母様も苦笑していたわ。お店の人にも笑われちゃったし。でも好きなんだものしょうがないわよね!
ウキウキとしながら、王都への旅立ちのための準備を使用人たちと共に楽しんだ。
前日にはたくさんの美味しい料理やたくさんのプレゼントを用意してくれ、皆が私の十歳の誕生日を祝ってくれたわ。
お父様とお母様だけでなく、使用人の皆からも一緒にたくさんのお祝いの言葉をもらい、皆が笑顔でとても楽しい一日だった。
幸せな誕生日。大好きな人たちに囲まれた誕生日。
こうやって皆に誕生日のお祝いをしてもらえるのがまさか最後になるなんて、このときには思いもしなかった。
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