第1話 サラルーサ!

 のどかな田舎の風景が広がる領地にある大きな屋敷。王都にある貴族たちの屋敷に比べると幾分か小さいが、それでも田舎街にあるには違和感があるような大きな屋敷。


 そこは王都の目と鼻の先にある小さな街、ローグ伯爵家の領地。そののどかな風景のなかにあるのはローグ伯爵家の屋敷だった。


 使用人たちの笑い声が響き渡る、のどかな風景と似合う明るい屋敷の人々。伯爵家の屋敷とは思えない気さくな使用人たち。それらが許されるということから伯爵家の人々が他の貴族と違い、気さくな人々だということを物語っていた。




「サラルーサ様、旦那様と奥様がお呼びです」


 部屋の扉を叩き、中へと声を掛けて来たのは、昔からずっと私の世話をしてくれている乳母のエナ。


「はーい、お父様とお母様は今どこに?」

「書斎でお待ちですよ」


「分かったわ、すぐ行くからちょっと待って」


 広くて可愛らしい部屋の中にある勉強机。そこで私は勉強中だった。と言っても、まだ私は九歳、そんな大した勉強は出来ないのだけれど、この世界の歴史を知るのは好きだった。




 この世界には我が国「アシェルーダ」、獣人たちの国「ガルヴィオ」、天空に住まう人々の国「ラフィージア」、それらの三つの国で均衡が保たれている。


 しかし大昔にどこからともなく魔王が世界に現れ、魔物が大群で押し寄せた。我が国だけでなく、獣人の国、天空の国の人々も皆、人間たちは共闘し、応戦したが力の差が歴然だった。魔王軍に押され、人間たちは滅びようとしていたらしい。しかし、そこに女神アシェリアンの加護を持つ聖女が現れた。


 聖女は魔王と戦い、そして封印することに成功した。魔王を失った魔物たちは統率力を失い、数を減らした。そして魔界とこの世界を繋ぐ大穴に聖女は結界を張った。

 それ以来魔物が人間を襲うことは減っていった。



 この世界は聖女の結界によって守られている。




 でも、最近は結界が弱まっているのではと言われているのよね。街の外では魔物に襲われた、という話が出ているのだとか。

 子供の私には誰も教えてはくれないけれど、使用人たちが噂話をしているのは聞いたことがある。

 このまま魔物が増えたらどうなるんだろう……。


 そんなことをぼんやりと考えつつ本を閉じるとエナの後に続いた。


 調度品が並ぶ長い廊下を歩き、お父様たちのいる書斎へと向かう。途中、馴染みの使用人たちはにこやかに挨拶をしてくれる。

 皆、私が生まれる前からいる使用人たち。私を我が子のように可愛がってくれている。私も皆が大好きだ。


「サラルーサ様、今日もとても可愛らしいお召し物がよくお似合いですねぇ」


 ふわふわと裾が揺れる淡い黄色のワンピース。胸元には紫に光る宝石のペンダント。

 通りすがるたびに皆が褒めてくれる。


「ありがとう」


 うふふ、とご機嫌になりながらお父様たちのいる書斎へとたどり着くと、エナが扉を叩いた。


「旦那様、お嬢様がお見えです」

「どうぞ」


 中から声が聞こえ、扉が開かれた。


 エナに促され、中へと足を踏み入れると、書斎の大きな机の前に座るお父様と、その前にある応接用の長椅子に座るお母様の姿があった。


「お父様、お母様」


 ダッと走り、お母様に抱き付いた。


「あらあら、サラルーサはまだまだ甘えん坊ねぇ」

「ハハ、本当だな。もうすぐ十歳だというのに」


 そう言いながらお父様が立ち上がり、こちらへ歩いてくると私を高く抱き上げた。


「お父様も大好きよ」


 そう言ってお父様の首元に抱き付いた。

 まんざらでもないお父様は「ハハハ」と笑い、私の頭を撫でた。ぎゅうっと抱き締めたお父様は身体を離すと私を下へと降ろし、お母様の隣に座るように促した。


 薄茶色の髪に菫色の瞳をした優しいお顔のお父様。アグナ・ローグ。ローグ伯爵家の当主だ。

 銀髪に水色の瞳をしたとっても美人なお母様。ミラ・ローグ。

 そのお母様の美しい銀髪とお父様の菫色の瞳を受け継いだ私、ローグ伯爵家の一人娘、サラルーサ・ローグ。


 二人の愛情をたっぷり受け、すくすくと育っております。


「あら、ルーサ、あなた、その石は服の中に隠しておきなさいといつも言っているでしょう?」

「あ、ごめんなさい。綺麗だからいつも見惚れて忘れちゃうの」


 その石とは紫の宝石のペンダントのこと。この宝石をなぜ隠しておかなければならないのかというと……決してお高いから! とか言う訳じゃなく! いや、それもあるのかもだけど。

 この宝石はちょっと特殊なものなのよね。どういうことかというと、この宝石、なぜか私が産まれながらに握り締めていたらしいのよ。


 どういう意味だと言われてもそのままの意味なのよね。握り締めていたのよ。


 握り締めて産まれてきた。


 私自身がそんなことを覚えている訳もなく、所詮周りから聞かされた話なんだけど、お母様が私を産んだ瞬間、そのときから私はこの紫色の宝石を握り締めていた、ということらしい。


 最初は気味悪くも思ったらしいが、その宝石を取り上げると私は火が付いたかのように泣き出したそうだ。手が付けられないほど泣いて、仕方なく再びその宝石を握らせると落ち着き笑顔になったらしい。

 それ以来、この宝石は私のお守りなのだろう、という結論になり、ペンダントにして肌身離さず身に着けておくようにと言われている。

 失くしたり、盗まれたりしては大変なことが起こりそうなので、普段から隠しておくようにと言われていたのだ。


 そのペンダントを胸元からワンピースのなかへと入れるとお母様は頷き頭を撫でた。


「さて、お前に話があるのだが」

「はい」

「来月お前の誕生日があるだろう?」

「はい」


「ルーサもとうとう十歳になるのね……」


 お母様がとても優し気な顔で見詰め、頬を撫でた。なんだか嬉しいような恥ずかしいようなムズムズとした気分。


「お前も知っているかと思うがこの国では十歳になると洗礼式と神託を受けることになる」

「はい」

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