魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

第1章《因果律》編

プロローグ~爆誕!

「―――!!」


 誰かに呼ばれたような……誰だっけ……


 懐かしいような温かいような……


 聞いたことがある声のような……



 私はなにかに引っ張られたかと思うと、赤信号の横断歩道へ飛び出し車に轢かれた。


 周りでは悲鳴や叫び声が響き渡るが、なんだか遠くに聞こえる。


 あぁ、これ、私はもう駄目なやつかな……。まあ私が死んでも悲しむ人はもういないし、それでも良いか……。



 遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる……。


 あぁ、そうか、まだお母さんが生きていた頃に聞いたことがある声なんだ……。


 だから懐かしい。


 会ったことはない人。


 それでもなんだか懐かしい声。



 あなたは誰…………




 ◇◇




「産まれたぞ!!」


「あぁ、おめでとうございます! 奥様!」


「あなた……可愛い女の子ですよ」


「あぁ、お疲れ様。ありがとう」



 広大な敷地に大きな屋敷。朝陽が差し込む広い豪華な部屋で一人の女が女の子を出産した。出産という大仕事を終えた母親は隣に寝かされた赤ん坊を愛しそうに見詰めた。


 自分と同じ銀色の髪。柔らかそうな真っ白な肌。スヤスヤと眠る我が子の頬をそっと撫で、握られた小さな手を自分の手で包み込んだ。

 柔らかな感触とぬくもりに自然と笑みがこぼれる。


 周りではホッと安堵の溜め息、喜びの声、この後の処置に慌ただしく動く者、と様々だった。

 多くの者たちが出産を終えた母親を労った。


 父親は寝台の横に椅子を置き、大仕事を終えた母親とそれに寄り添う赤ん坊を嬉しそうに眺める。

 母親は赤ん坊が少し身動ぎをすると、握った手に少しの違和感を感じた。


「?」


 顔を眺めていた父親も母親の様子に気付き声をかける。


「どうした?」


「いえ、この子、手になにか握っていませんか?」

「手?」


 父親は赤ん坊に手を伸ばし、そっと手を確認した。


 ぎゅっと握られた手を恐る恐るそっと広げると……


「なんだこれは……」


「一体どういうことでしょう……」


 その場にいる皆が驚愕の顔になった。


 その赤ん坊の手には紫色の石が握られていたのだ。

 宝石のように輝く紫色の石。とても美しい石だった。


「なぜこんなものを……」


 父親は気味が悪くなり、その石を赤ん坊の手から取り出し親指と人差し指でつまむと、明るい方へと翳し、よくよくその宝石を観察した。


 なんの変哲もない宝石のようだ。

 紫に輝く宝石はしかし中心部分は黒くも見える。

 なぜ……なぜこんなものを握り締めている?


「おぎゃぁぁぁあああ!!!!」


「「「「!?」」」」


 今まで眠っていたのかと思っていた赤ん坊は火が付いたように泣き出した。


「な、なんだ!? どうした!?」


「あらあら、どうしたんでしょう」


 出産を手伝っていた乳母が慌てて赤ん坊を抱き上げあやす。しかし赤ん坊は一向に泣き止む気配はない。


 それどころかますます泣き声は激しくなり、目が見えているはずもないのになにかを探すように手を伸ばしていた。


 乳母は思い付く限りのことを色々試しあやしていたが、それでも一向に泣き止まない。


「一体どうしたんでしょうねぇ。熱がある訳でもなさそうですし……お腹が空いているわけでも……」


「なんなのだ、一体」


 皆がどうしたものかと考えあやしていると、母親がふと声を上げる。


「あなた、その石をこの子に返してあげてくださいな」


「ん? この石をか?」

「えぇ」

「こんな石を握り締めて産まれてくるなんて気味が悪いじゃないか。処分してしまったほうが良くないか?」

「そうかもしれませんが、でもこの子が自分で握り締めてこの世に産まれて来たのです。もしかしたらとても大事なものなのかもしれません」

「うぅうん、そうだろうか……」


 父親は渋々ながらにその紫の石を赤ん坊の掌に再び握らせた。


 するとその赤ん坊は安心したかのように泣き止んだかと思うと、笑ったような表情を見せ、再び静かに寝息を立てたのだった。


「おぉ、泣き止んだぞ!」


 皆がその様子にホッとしたのも束の間、顔を見合わせ怪訝な顔になった。


「この石はなんなのだ。石を握り締めて産まれて来たなど、今まで聞いたことがないぞ」


 父親は赤ん坊の顔を見詰めながら考え込んでしまった。

 傍で控える使用人たちもお互い顔を見合わせ頷いたり首を振ったり、それぞれに憶測が飛ぶ。


「よろしいではないですか。この子にとったらきっと大事なものなのですよ。この子を守ってくれるお守りかもしれませんわ」


 母親は乳母に抱かれた赤ん坊に手を伸ばしそっと撫でた。


 そんな母親の様子を眺め、父親もふっと息を吐く。


「そうだな……きっとこの子のお守りだ。私たちの大事な娘のな」


 そう言いながら母親の手を取り、二人で微笑み合うと、二人は赤ん坊を見詰め微笑んだ……。



 紫の宝石はお守りとして、常にその赤ん坊の身に着けておくことになった。


 紫の輝きが少しの揺らぎを見せたことは誰も気付くことはなかった……。

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