エピローグ

「不思議なものですね」


「あら、ウィニー。どうしたの?」


「あれから十年です」


「……そうね」


 私は傍らに立つウィニーの言葉にそっと微笑んだ。

 あっという間の十年だ。


「余命一年と言われてからまさか十年後もこんなに忙しく暮らすことになるだなんて、あの時は想像していなかったわ」


「わたしはラフィーア様が余命宣告をされていたことなどつゆ知らず、聞かされたときには泣いてしまいましたが」


「……あの時はごめんなさいね?」


 十年経ってもまだ子供の頃のことを根に持つウィニーに、思わず笑みがこぼれた。

 それだけ私のことを案じてくれていたのだと思えば、その子供っぽい仕草をどうして咎められようか。


 大公夫人の専属侍女がそれでは体裁が保てないと言われるかもしれないが、今はただ穏やかに過ごしているだけなのだから許してもらいたいものだ。


「ラフィーア!」


「ラシード、おかえりなさい」


 私はヴィダ国の娘となり、ラシードの元に嫁ぐことになった。

 勿論それは平坦な道ではなく、むしろとても厳しいものであったと思う。


 それでも聖女でもないただの・・・私を求めてくれる彼のために努力は惜しまなかったつもりだし、彼もまた私のことを常に慈しんでくれた。

 だからこそ乗り越えられたのだ。


「何を話していたんだ?」


「今日でちょうど、貴方たちと出会って十年ねって」


「ああ……そうだな、言われてみれば。あっという間だな」


「変わらず私を愛してくれてありがとう、ラシード」


「なんの、こちらこそだ。ウィニー、すまないが俺にも茶を」


「こちらに」


「ああ、ありがとう」


 ヴィダ国では健康を取り戻したイマーム殿下が王太子となり、ラシードは大公となった。

 健康を害していた頃必死になるあまり暴君となっていたイマーム殿下は信頼を取り戻すために日々忙しく過ごしておられるし、そんな兄を支えるべく新米大公となったラシードもまた忙しい日々を送っていた。


 私はそんな彼らを少しでも支えたくて、多くの学者たちや民の声を聞いた。


「子供たちはどうしている?」


「ハキムとウィルと共に、町の教会へ行っているわ」


「そうか」


 聖女でなくなった私は用無しだとどこでも言われるけれど、それでも私自身を見てくれる人々がこの十年で増えたと思う。

 とてもありがたいことだ。


(用無しと言われたことが、十年前もだなんて)


 ああ、違うのか。

 聖女が・・・必要なくなったのが、十年前だっただけだ。


 自分でも『勝てない賭けはしない』と言ったことが、まさかこんな形になるだなんて誰が思っただろうか。

 これこそ神が最後に仕掛けたイタズラだったのかも知れない。


 賢しらに振る舞った小さな子供をたしなめるかのように、温かな……。


「どうかしたのか? ラフィーア」


「いいえ。この十年がとても充実したものだと思って……幸せだわ、私」


「……妻がそう言ってくれると夫冥利に尽きるな。これからも尽くさせておくれ、愛しい人」


「……私も貴方の爪を上手に塗れるようになったでしょう?」


「ああ」


 今日も私たちの爪には、揃いの色が塗られている。

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『用無し聖女』と一年の約束 玉響なつめ @tamayuranatsume

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