第30話
そこからは怒濤の勢いだった。
私はサージ叔父様に連れられ、ハシェプスト伯爵家に戻って主人がいなくなった家の中で帳簿などを確認するよう言われた。
なんというか……国王と王太子が捕らえられ、これまで虐げられていた国王の
とはいえ国王に媚びへつらい数多の臣民を軽んじてきた者たちは捕らえられ、その中に私の父親であったハシェプスト伯爵も含まれていたのだ。
これまでも伯爵家に似合わない散財が目立っていたこと、後妻と義妹も豪遊していたことを考えると何かおかしな点があるはずで、使用人たちの中には私を痛げ義母たちに媚びていた人もいるので彼らもまた横領などをしている可能性がある……とのことだった。
私はナイジェル将軍の采配により、義母と義妹も捕らえられ、使用人たちも別途取り調べと言うことで誰も居ないハシェプスト伯爵家で暮らすことになったのだ。
とはいえ、広すぎる邸内に一人だけというわけではない。
私がハシェプスト伯爵家で行われていた不正を見つけるためにもあくまで伯爵家の血筋の人間がいなければならないからそこにいるだけで、ナイジェル将軍の部下たちがやってきて今はあれこれと動いてくれている。
それ以外にも使用人が幾人も来て、私に対してきちんとした礼儀を守ってくれているから……なんというか、母が亡くなる前の生活がこの年齢にして戻ってくるとは思わなかっただけに不思議な気持ちだ。
(まあ、それも期間限定の話だわ……)
直系と言われれば確かに私が該当するのだろうけれど、当主として相応しいかどうかで問われれば叔父様がいるではないか。
本来であればこの立ち会いとやらも叔父様が行うべきだが、今は新国王の発表や国内の動揺をいかに鎮めるかの話し合いが日々行われて王城から戻れていないから、私がここにいるのだ。
(……全部が終わったら、どこかの修道院に入ろう。どこがいいかしら。ハシェプスト伯爵家と近いと、あれこれ詮索がありそうだし……かといって、ヴィダ国に近いところだと私の方で未練が出てしまいそう)
大きなところでいえば王都付近だろうが、それはそれで今回の件を考えると厄介だ。
いっそのことパウペルタスともヴィダとも離れた、もっと遠方の国でも目指そうか。
実際にいくつか調査している文官たちが「これは?」と思うものを確認してくれと持って来てもらうだけで、私だってわかっているかと問われると難しいところだ。
雑務を押し付けられていたことがあるのである程度はわかるが、それだって聖女に見出されてこの家を出るまでのこと。
私が家を出た後のこととなるとこの家の使用人の方が詳しいのだからお笑い草である。
(本当に……どこに行っても今のところ私は『用無し』なんだわ)
アーウィン殿下たちに言われなくたってわかっている。
私は聖女としての役割を終えて、伯爵令嬢としても最後の役割を終えようとしている。
真なる聖女を虐げ、偽りの聖女を輩出し、不正を行った『ハシェプスト伯爵家の長女』として罪を被って叔父に託すまでが伯爵令嬢としての役割だろう。
いずれにせよ奇跡の力を失って、生家が瑕疵だらけの伯爵家では婿だって取れるはずもないし嫁に行くのだってままならないのだ。
「……ラシード殿下は、お元気かしら」
イマーム殿下は聖女として戻った私が伯爵令嬢という地位をもって父親の不正を暴き、新王に
だけど私は聖女ではなくなってしまったのだし、奇跡が起こせないことはあの後証明している。
もう、どうにもならない。
私は一つの時代の責任を取る一端を担ったのだと、そう思えば誇らしいではないか。
「遠くの地であの方の幸せを祈るのが一番、穏やかに暮らせるかしら」
やっぱりそれがいいだろう。
近くにいて、あの人が結婚したなんて話を聞いたら泣いてしまいそうだもの。
そんなことを考える私の耳に、ドアが開く音がした。
他の使用人たちは必ずノックをしてくれるはずなのに。
そう思って視線をそちらに向けるとそこには思いも寄らない人がいた。
「それは困るな。俺を置いてどこに逃げようっていうんだ? 愛しい人」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます