第29話

 パウペルタスの王家は、私たちを歓迎した。

 あまりにも予想通りすぎるその対応に、サージ叔父様が苦笑するしかなかったほどだ。


 筋書きは簡単だった。

 サージ叔父様と共に聖女・・ラフィーアがヴィダ国へ赴いた。

 その頃ヴィダ国でも講和について求める部分を緩和する方向へと考えを改めていた。

 この戦争でイマーム殿下が個人的に・・・・友誼を結ぶに至ったナイジェル将軍からの声もあって、前向きな話し合いを求めることとし直接赴くことにした……とまあざっくり言うとそんな感じだ。


 パウペルタスの将軍と聖女が説得に成功してくれた!

 そう王家は簡単に受け入れたようだが、その実は聖女と将軍まで駆り出さなければ説得すらできない王家とも取れることを彼らは気づいているだろうか?

 一度も交渉を願うために、王家側が足を運んでいないのだ。

 本来であればアーウィン殿下、もしくはそれこそナイジェル将軍の娘婿であるもう一人の王子、モードレイ様を向かわせることだって可能だったはずなのにそれを怠ったのだ。


「おお、よく来てくださった!」


 歓迎する王を見る、私たちの目が冷たいことに王は気づいていないのだろうか?


 イマーム殿下がにこりとモードレイ様の肩を抱くようにしてゆったりと笑みを浮かべる。

 その様子に玉座に座る王と、その傍らに立つアーウィン殿下は怪訝な顔を見せた。


「ああ。話し合いは必要だからね。パウペルタスの新たなる王と共にヴィダ国はこれからを歩むことにしたんだ」


「……そうですね。これからは新しい風と太陽がこの国に必要です」


 それは、宣誓だったのだと思う。

 何を言われたのか察した陛下が声を上げても、騎士たちは誰一人応えない。

 それどころか彼らに対し有無を言わせず拘束し、膝をつかせたのだ。


 国のために尽くさなかった王は、国を護る騎士たちに見捨てられるのか。

 そう思うとなんとも複雑なものが胸中を過ったが、己もまた同じであると知る自分もまた奇妙で笑ってしまいそうだった。


「ラフィーア……ッ!」


 縋るような声を出すアーウィン殿下。

 この方が私を見下すことはあっても、私が見下ろす側になるだなんて思ったことは一度たりとてなかった。


 私は優雅にお辞儀をする。


「陛下、アーウィン殿下、ながいとまをいただいておりましたのにこのように御前を失礼いたします。この場において、どうしても報告したいことがございまして馳せ参じましてございます」


「な、なにを……?」


 私の言葉に、周囲が注目した。

 それこそ、全員が。


 いいえ、叔父様だけが少しだけ躊躇うように私を制そうとして手を伸ばそうとして、止めたのが見えた。


「このラフィーア・ハシェプストはかつて聖女としてパウペルタス王家に任命していただいた後、魔力欠乏症を患い御前を辞しましたが窮鳥を救うが如く神のお心により長らえ、そして正しく聖女としての役割を終えたことをここにご報告申し上げます」


「……え……?」


「私は陛下とのお約束通り、自身の死・・・・をもってこの国・・・の聖女としての役割を終えましたが、今はただの、奇跡の力を失った者にございますれば」


 縋るような四つの目が、段々と私の言っている内容を理解して憤怒と憎悪に満ちていくのを私は見た。

 それはあまりにもギラギラとしたもので、見ていられなかった。


「お前、お前ええええ! あれほどまでに目をかけてやったというのに! ただの伯爵令嬢に過ぎなかった貴様に聖女などという大それた名を与えてやったというのに!!」


「力を取り戻したのではないのか!? ミューリエルのような下卑た女を押し付けて、貴様だけ生き長らえるというのか!?」


 押さえつけられながらも延々と私に対して文句を言う彼らは、本来であれば恐ろしいと思うべき相手だった。

 だけれどこうして真っ向から彼らを見て、彼らもまた人であるのだと思うと、何故あんなにも王族というだけで畏怖していたのだろうかと首を傾げてしまう。


「用無しだったお前を取り立ててやったのに!」


「用無しだったお前を必要とするのは、聖女だったからなのに……!!」


 ああ、その通りだ。

 私は誰にも必要とされず、あのハシェプスト伯爵家の一角で、使用人として生きて死んでいくはずだった。


(用無しだった私が、元通りになっただけ)


 聖女として多くの人に求められて、今こうして生き長らえただけだ。

 だが求められなくなったからといって、できることはこれから探せばいい。


 祈ることは、誰にだってできるのだ。


「お二方が、心安らかにあれますように」


 私の言葉を皮切りに、彼らは連れて行かれた。

 ああ、聖女としての役割はここにもあったのだなと思うと、今度こそ本当に役割を終えたのだと実感するのだった。

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