第28話

 叔父様との話し合いを終えても、その後食事をいただいても、その翌日も。

 ラシード殿下たちから連絡は来なかった。


 それから三日後、イマーム殿下が私たちを呼んだ。

 ようやくかという思いと、彼が元気になったことを喜ぶ気持ちとで平伏する。


「顔を上げてくれていいよ。楽にして」


「ありがとうございます」


 顔を上げれば血色の良いイマーム殿下のお姿に、ほっと胸をなで下ろす。

 だけれど違和感を覚えて、私は小さく視線を動かした。


「ラシードなら王都に行かせた」


「……!」


「そしてサージ・ハシェプスト殿、並びにただの・・・ラフィーア殿。お二人にはおれと共にパウペルタスにお戻りいただこう」


 イマーム殿下のその言葉に、私たちは息を呑む。

 それは同行を要請されているように聞こえるが、その実、拒否権がないものだ。

 私たちは言うなれば敵地にいるのであって、彼らは私たちの、あるいは護衛の騎士や使用人たちですら有無を言わさず屈服させるだけの武力をもって囲んでいる。


「……何を成すおつもりか、それを先にお伺いしても?」


 動揺を顔に出さないことで精一杯の私をよそに、叔父様が冷静な声で問いかける。

 周囲の目は厳しいものの、先日のような殺気が籠もったものでない分まだ幾分かマシだろうか。


「貴国のとある貴族と我らは通じ、蜂起を促した。これまで渋っていた彼らだが、聖女の・・・……ラフィーア殿の同行を求めている」


 イマーム殿下はそこまで言ってからふっと笑う。

 そして椅子から立ち上がり、私に歩み寄ってそっと手を取り立たせてくれた。


「ヴィダ国としてはパウペルタスと友誼を結ぶにしても今の王家を好ましく思っていない」


「……はい」


「貴女が共に来てくれるならば、あの国の王は喜んで我らを迎え入れることだろう。そしてそれはお二人も理解しているのだろう?」


「それは……」


 確かにその通りだ。

 だが、イマーム殿下の言葉の真意、裏の裏まではわからない。


 確かに反乱が起きた時に、どこか・・・誰か・・が支援や指導をしてくれるならば、よりスムーズであるだろう。

 私と叔父様はそれを老練なナイジェル将軍が行うと思っていたが、ヴィダ国がすでにそれを行っているとなればまた話は変わってくる。


 他国の影響を受けたその貴族は、ヴィダ国に対して恭順するかもしれない。

 パウペルタスという国の体裁を保ちながら、実質ヴィダの属国になる未来だってあり得るのだ。


(どう、返答したら、いいのかしら)


 私には政治的なやりとりなどわからない。

 戦のこともわからないし、今の私には奇跡の力すらない。


 私にあるのは『聖女』という肩書きで作られたハリボテの飾りだけだ。


「ヴィダ国は、パウペルタスをどうなさりたいのですか」


「そうだね。本来なら属国とまではいかなくとも力関係を教え込んでおきたいところだったが……サージ殿にも、ラフィーア殿にも恩がある」


 イマーム殿下は明言した、

 私たちに『恩がある』と。


 王族としてその言葉は大きいものだ。周囲の人々の気配も少しだけ、ざわついた。


「パウペルタスにおける我らが友人・・が成功した暁には、奴隷に身をやつした我らの同胞を解放してくれることを条件にこれからも良き友として暮らしていけるよう、尽力するつもりだ」


「殿下……」


「……そうなれば、貴女もかの国の伯爵令嬢として戻れるだろう?」


「えっ」


「貴女を理由にすればいろいろと穏便に片がつくが、ラシードが納得しないことは目に見えていた。だからまずは父上に挨拶をして、ラシード派の連中が暴走しそうだからそれを止めることを最優先として王都に戻したんだ。その間にこの問題を解決したい」


「ああ……」


 もともと王子たちにはそれぞれの派閥があった。

 王位をかけて争い……というか実際は押し付け合いだけれど、その過程でラシード殿下の身柄問題でパウペルタスに対して悪感情を持っているのは、彼らだ。

 勿論イマーム殿下も怒りは覚えているだろうけれど……。


(私が、伯爵令嬢に戻る?)


 喜ばしいことだと思うのに、何故だか嬉しくなかった。

 しかしそれをイマーム殿下に伝えたところで意味は成さない。


「かしこまりました。私一人でお役に立てるのであれば、ご存分に。……私はあの国で死んだ人間ですもの」


「…ラフィーア殿」


「殿下、私とラシード殿下の間には何もございません・・・・・・・・。栄えあるヴィダの兄弟王子、お二人が手に手を取り合い民にとって良き政をしてくだされば、それに勝る喜びはございません」


 イマーム殿下は、私が聖女として故国に戻れば一介の伯爵令嬢であろうと他国の王族に嫁ぐだけの立場を得られると言ってくれているのだろう。

 弟のためにそこまで心を砕いてくれるその優しさに、感謝をしつつも私はそれを否定するしかできない。


 だって私は聖女ではなくなってしまった。

 政のことは何もわからないし、本来学ぶべきであった宮廷のマナーも学んでいない。

 伯爵令嬢とは名ばかりの、下働き同然だった私がそのような立場になれるはずがないのだ。


 聖女であった事実は消えない。

 それはヴィダ国の民にとって、消えない恨みの象徴でもある。


(想いを交わしたと、あの口づけだけを思い出に私は生きていけるわ)


 全てが済んだら大切な人々の安寧だけを祈って過ごす、そんな余生を私は夢見ていた。

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