第27話
その後のことは、私たちは一旦あてがわれた部屋で休息を……という名目でパウペルタスの人間には聞かせられない、ヴィダ国の方々での相談があったようだ。
まあそれは当然のことだと思ったので、私と叔父様は旧交を温めることにした。
叔父様に教えていただいたのだが、どうやらイマーム殿下の手を取って私が目を閉じ祈り始めたと思ったら小さな光の粒が私を取り巻くような形で無数に現れ、それら一つ一つが輝き始めたかと思うと一斉にグルグル回り始め、それは光の奔流となって広がったのだそうだ。
あの部屋に留まらず、外の方にまでその光の輪は広がっていき、そしてそれが視認できないほど遠くから戻ってきて私の中に収束したのだとか!
(それでみんな不思議な顔をしていたのね……)
「お前の体は大丈夫なのか?」
「ええ、それですが……」
私は自分のてのひらを見つめ、何度か握って開いてを繰り返す。
先ほどまではイマーム殿下の命を繋ぎ止めたこと、そして神の御心の一端に触れたことで胸が一杯になってしまったけれど……ぽっかりと胸に穴が空いてしまったような感覚がある。
「私は正しく、役目を果たしたようです」
「それは……どういう、ことだね?」
「私は聖女ではなくなりました。パウペルタスが認めたという意味ではありません。私は、奇跡の力を失っております」
幼い頃から身のうちにあった神の恩恵、神の御心。
当たり前のように行使していたけれど、私はずっとそれに支えられてきたのだ。
それがなくなってしまったことは残念であるが、それでも
「それよりも叔父様、これからのことに目を向けませんと」
「む、それはそうだが」
「ナイジェル将軍は行動を起こすでしょうか」
「……起こすだろうな。最近、わたしの周りを見張る者がいなくなった。急なことだったので何かの罠かと思っていたらお前たちが来て状況が変わったことを知った」
叔父様は国内に戻れば宰相や元父、その他大勢いる叔父様を蹴落としたい連中の手に落ちて言われなき罪をなすりつけられ投獄される未来が見えていた。
だからこそ国内の奴隷商人たちに多額の賄賂を渡し、アインとツヴァイ、そしてドライというヴィダ国出身の男たちは売りに出さずラフィーアが買いに来るまで待っていてほしいと、戦の終わる日までと期限を切って交渉しておいたのだ。
それは成功した。
私自身が魔力欠乏症になるということは想定外だったが、それを利用してより良い条件で私は国から解放され、そして今に至るのだ。
「……おそらくヴィダ国は両王子が揃ったことで、講和の条件に関してもう少しだけ余裕を持ってテーブルについてくれることでしょう」
「そうだな。ナイジェル将軍があとは成功してくれれば……彼ならば、ヴィダ国の奴隷たちを救い出すために尽力してくれるだろう」
将軍は奴隷反対派だった。
だがその声を上げるためには王城にいなければならず、将軍は戦時下において常に前線に出ておられた。
宰相や内政を弄る者たちが己の利権を目当てにいいようにしていたことを思えば、業腹ではあるものの……戦時下にはよくあることだと叔父様は苦笑していた。
だが戦争は終わったのだ。
国は次の段階へと進む。
そのために、ナイジェル将軍は自身を悪役にしてでも
しかしそれにはせっかく争いを終えて喜び合う臣民と、家族の元に帰れた騎士たちを争いに巻き込むことになる。
思惑は皆それぞれだ。
一枚岩ではないし、なんだったら互いに味方同士ではない以上、見えないことが多すぎる。
(だけど)
ふとした思いつきだ。
所詮その程度のことと笑われる分には構わないだろう、相手は叔父なのだから。
多少の失敗は優しい目で見てくれるに違いない。
「……ヴィダ国が講和条件の話し合いにつくとなれば、王家もそのために城の門を開けなければなりませんよね」
「そうだな。だがわたしが戻ることをあやつらが認めるかどうか……」
「では、私が同行しては?」
「それは……!」
叔父様が難しい顔をする。
だが、最も効果があると思うのだ。
国王に反旗を翻せば戦いになるし、王城の門は固く閉ざされ厳しい戦いを余儀無くされる。
だけれど、ヴィダ国との話し合いに乗じてナイジェル将軍とその他数名を伴っていけばどうだろうか。
ヴィダ国とのテーブルに就くのは、アーウィン殿下の義弟だ。
彼を
いずれにせよお家騒動が起きた国という醜聞は避けられないだろうが、それでも国家の歴史を見ればわかるようにそういった事例はパウペルタスの歴史だけではなく、他国でも良くある話。
だがそれでも……流れる血が少ないことが望ましいと、私は思うのだ。
「私が聖女としての力を取り戻し、死ぬはずであった魔力欠乏症から復活したことはすでにハシェプスト伯爵が目撃しています。であれば、今頃は王城にその報せも届いていることでしょう」
「……ああ」
「そして今日の光が……どこまで届いていたのかはわかりませんが、少なくとも
「そうだな」
私の中からその奇跡が失われたことは、まだ叔父様しか知らない。
聖女というカードを手に入れたいパウペルタスの王家は、私が彼らを訪ねると知れば門を開けるだろう。
彼らの言い分としては、聖女は
それが自分たちの手元に戻ったことを喜び、貴族たちに対し切り札のように見せつけるつもりで歓迎し、厳しく叱り飛ばすに違いない。
それによってハシェプスト伯爵家はミューリエルについて少しばかり厄介な娘を押し付けた家として評価を下げられていることも、私という『娘』を親が従えたからこそ戻ったのだとでも言ってなんとかしようとするだろう。
(あの人たちは、いつだってそうだったもの)
それを思うと気が重いけれど、私は叔父様に向かって笑顔を見せた。
私自身の命を駒にして、ここに辿り着いたのだ。
今更自分を餌にすることに、忌避感など抱かない。
「イマーム殿下がお戻りになったら相談をして、ナイジェル将軍とも連絡を取らなければいけませんね。忙しくなりますよ、叔父様」
「……ラフィーア、お前は……ラフィーア」
悲しそうにしながら、叔父様は私の提案を否定しなかった。
私人として姪を案ずる立場だけれど、公人として民に被害が少しでも減る形を取るために、何が今必要かを考えた結果だろう。
私は私のやるべきことをする。
神の奇跡は失っても、私はその御心に少しでも従うのだと、決めたのだから。
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