第25話
そこからは早かった。
合流した叔父は私たちの来訪に驚きつつも事情を聞いて泣いたりラシード殿下の兄君に連絡を取ったりと忙しく、私もお説教を受けつつ肉親の愛情を受けて泣いたりとてんやわんやの大騒ぎだった。
叔父様が連絡を取れなかったのは、奴隷問題を解決しない限り帰ってくるなと王家からきつい通達が来ていたこと、加えてあの家に私が
なんだったら手紙や荷物も途中で奪われていたかもしれない。
その可能性もあるので、連絡がないのも仕方ないとは思っていたけれど……そこまでして奴隷問題を解決しようとしない王家や重鎮には呆れるばかりだ。
(いくら金銭的負担をしたくないからって……戦争が終わったときになかったことなんてできないってあれほど叔父様が反対していたことを忘れたのかしら!)
まあそのつけが今やってきているのだろうけれども。
とりあえず王家からの追っ手が来てはいけないからと叔父様も伴ってヴィダ王国に入った私たちは少しばかり緊張していた。
砦で身なりは整えさせてもらったけれど、ドレスは遠慮しておいた。
私は神官が着るようなローブをもらい、髪だけはウィニーに手伝ってもらって結い上げて、淡く化粧を施しただけだ。
叔父がいるとはいえ、私は祖国では死亡届けも出した『死人』である。
そうすることであの国と縁を切り、人であって人でない……戸籍の上ではそのような立場になっているのだから、貴婦人然とした格好をするのはおかしいかなと思ったのだ。
「ラシード!!」
「イマーム兄上……」
「よくぞ……よくぞ無事で……!」
そうして迎えられたのは、ヴィダ王国の王都……ではなく、それよりも国境にほど近い大きな町にある領主の館、その一室だった。
ラシード殿下の兄であるイマーム殿下は弟の安否をどうにかして知ろうと方々に手を尽くし、叔父様とも交渉に交渉を重ね、それでも上手く行かない場合は改めてパウペルタスを攻めるおつもりだったのだろう。
この町に入った時、戦争が終わったというのに物々しい空気があった。
表向きは王位を巡って争っていた兄弟だというのに、ラシード殿下を抱きしめ私たちのことなどお構いなしに大粒の涙を流しながら声を上げて泣くイマーム殿下に、私たちは居たたまれない気持ちになる。
パウペルタスの王家が、戦争捕虜の面倒を見ずに厄介払いと言わんばかりに奴隷落ちなどさせて、しかも両国の戦争は第三国の陰謀で……となると、どうあってもパウペルタス側の落ち度が目立つ。
まあ、ラシード殿下がお戻りになって元気な姿を見せたのだから、多少は……大目に見てもらえるとは、思うけれども。
「兄上……本当に、ご心配をおかけいたしました。ラシード、ただいま戻りました」
「ああ……良かった、本当に……」
その後たくさん泣いたせいなのか、それともラシード殿下が心配で気を張り詰めすぎていたせいなのか、イマーム殿下は椅子に座った時には酷い顔色だった。
ご挨拶をするような雰囲気にもならず、周囲の従者さんたちも『早く横に』『医者をここに』と呼ばれてハキムもそこに加わったほどだ。
だけどそんな人々を鎮めるようにラシード殿下が声を上げ、イマーム殿下の横に膝をついた。
「どうか兄上。俺を信じてはくれませんか」
「……いつだって信じている。お前を信じているからこそ、この国を護る役目を担ってほしいと……」
「彼女の治癒を、受けてほしいのです」
「治癒? ……ではあの娘は、聖女か」
聖女。
その言葉に場がざわついた。
中には殺気を帯びた目もあって、私の体が勝手に震える。
だけど私は決して俯かなかった。
「ラシード、説明しろ」
イマーム殿下の声が為政者の凜としたものに変わる。
視線は、私に向けられたままだ。
ラシード殿下とよく似た面差しだけれど、痩せている分鋭さが増している気もする。
探るというよりは観察するといった方が近いその視線に居心地の悪さを覚えたけれど、私も決して目を逸らすことはなかった。
「……そうか、事情はわかった。遠きところ、よく来てくれた」
「ありがとうございます」
「周りのものを下がらせよ。彼女と話がしたい。……ああ、ラシードと護衛騎士は残っていいぞ」
イマーム殿下の病は、もう隠し通せないところまで来ているのだろう。
少なくとも彼の信頼する部下たちは、知っているのだろう。
私が聖女と知って期待する目と、そして戦の時に辛酸を舐めさせられた思いとで服地綱胸中に違いない。
それでもイマーム殿下は、笑みを見せてくれた。
「さあ聖女よ、近く」
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